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「!‥‥……」な白星天牛~シラorシロ?他

「!‥‥……」なシラホシカミキリ

シラホシカミキリ(白星天牛)は好きな昆虫の1つ──なのだが、そのわりに撮った画像は少ない。見つけると「!」と思いカメラを向けるのだが、たいてい飛び去られてしまって「‥‥……」となることが多いからだ……。
そんなシラホシカミキリの今シーズン初個体↓。


今回の被写体は撮らせてくれそうな予感!?──と期待しつつ、はやる気持ちをおさえて、そーっと寄ってアップの画像を撮ろうとした、まさにその時──風が……。葉が大きく揺れてマトモに撮ることができない(枠内のボケた画像がそのときりもの)。カメラを構えた状態で「風止み待ち」をしているうちにシラホシカミキリは、葉の裏側へ移動してしまった……。


このあと、例によってシラホシカミキリは飛び去ってしまったのであった……。
周辺のリョウブの葉の裏にはカミキリがかじったと思しき食痕がみつかった。


その後も枯れ枝や葉の上でシラホシカミキリを見つけるも、やはり、なかなか撮らせてもらうことができず、今シーズン4匹目のシラホシカミキリ↓。


この配色──上翅のグラデーションが美しい。しかし、この時も若干風があってピントが甘め……もう少しビシッとシラホシカミキリの魅力が伝わる画像が撮りたいものだ……と思いつつ次に撮れたのがコレ↓。


「もう少し」どころかますますダメ……やはり風で葉が揺れて撮りにくいことこの上ない。飛び去った後に風が止むという「悔しいったらありゃしない」状態。
そんなわけで、シラホシカミキリは見つけると「!」と緊張が走るが、すぐに飛び去られて「‥‥……」となりがちなカミキリなのであった……。
それもそのはず!?


シラホシカミキリをよく見ると「!(びっくりマーク)」と「‥‥……(点×10)」が……。この「!‥‥……」模様は「ビックリTEN点(てんてん)」と読めなくもない!?
そんなわけで、今季は(?)まだ不満の残るショットしか撮れてないので、過去に撮った画像から↓。




ところで、和名の「シラホシ」は上翅の白い星(紋)に由来するのだろうが、なんで「シロホシ」ではなく「シラホシ」なんだろう……と思わないでもない。カミキリでは「シロスジカミキリ」なんていう有名なのがいるが、こちらは「シロ」。「シラ」か「シロ」か──どちらを使うかについて昆虫命名に規則性はないのだろうか?
「シラホシカミキリ」の場合は「白」の後につくのが「星」だから、「シラホシ」になるのだろうかとも考えたが、「シロホシテントウ」なんていうテントウムシもいて、一貫性が感じられない。

「シラ」か「シロ」か…

他に「シラ」がつくカミキリではでは「シラオビゴマフケシカミキリ」なんてのもいる↓。


このカミキリは「白帯」を「シラオビ」と呼んでいる。しかし一方、「シロオビカミキリ」とか「シロオビゴマフカミキリ」なんてのもいて、同じカミキリの仲間でも「シロオビ」が混在している。
「シラ」か「シロ」か……こうした一貫性のなさが、昆虫の名前を覚えにくくしている一因だと思う。昆虫の名前を思い出そうとして「ええと……どっちだっけたな?」と迷うことは少なくない。虫の名前はややこしい……。
ついでに周辺で撮ったカミキリをいくつか──。












今季2匹目のキスジセアカカギバラバチ



ということで、先日ネタにしたばかり──個人的には注目度の高いキスジセアカカギバラバチとも再遭遇。見つけたのは先日と同じ雑木林の小道。この個体は両翅の先端がわずかに欠けていたが飛ぶのに支障はないようだった。先日はドクダミが群生する場所で、ドクダミの葉で産卵するシーンが多く見られたが、今回はドクダミゾーンを抜けたところで、複数の植物の葉に産卵して回っていた。


先日見たのと同じ場所で同じように葉から葉へと移動して産卵行動を続けていたので同じ個体である可能性を考えた。先日見た後に翅が欠けたという可能性もないではない。そこで撮った画像を見比べてみると、腹に2筋ある黄色い模様などに微妙な違いが見られ、別個体であることがわかった。




去年も同じ時期にキスジセアカカギバラバチをこの場所で見ている。複雑な生活史で(*)1つの卵から成虫になれる確率は低そうだが(そのぶん卵をたくさん産んでまわる)、さほど珍しい種類というわけではないのだろう。


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カギバラバチ:大量微小卵のナゼ?

キスジセアカカギバラバチの微小卵に思う







前の記事でも記したキスジセアカカギバラバチ──1年前は確認できなかった超極小の卵を今回なんとか確認し、その小ささ(0.12mmほどだそうな)にあらためて驚かされた。そしてふと、寄生蜂でありながら、(寄主に直接産卵するのではなく)大半が無駄になるのを覚悟の上(?)で、大量の微小卵を葉に産みつけていくのはなぜだろう……と疑問に思った。

この疑問をきっかけに、あれこれ考えたことを少し記してみる。ド素人が自分の狭い知識の中で合理的な解釈を模索した──という脳内シミュレーションで、実際の進化がどうだったのかとは別の話。「昆虫を見て不思議に思ったことについて、自分なりの解釈を考えてみた」というハナシである。

さて、カギバラバチの生態をおさらいすると……母蜂は葉に大量の微小卵を産みつけてまわる。卵が、その葉を食草とするイモムシ(チョウや蛾の幼虫)に(葉といっしょに)呑みこまれ、そしてなおかつ、そのイモムシ体内に(たまたま?)寄生していた別の寄生蜂や寄生蠅がいて、これに二次寄生(二重寄生)することができた場合に限って、初めて成長することができるという。《一見、非効率的な生活史を選択した》かに思われがちだが、もちろんそんなことはないだろう。
1つの卵に着目すれば成虫にまで育つことができる確率は確かに低そうだ。しかし、それをおぎなうため、大量の卵を産みつけ、確率の分母をふやすことで採算をとっているのだろう──最初はそう考えた。

しかしよく考えてみると、《成虫達成率が低いスタイルをおぎなうために大量の卵を産むようになった》という泥縄の因果関係は成立し得ない。
大量の卵を産むことができるように進化するには、それなりの時間が必要だったはずで、カギバラバチのようなスタイル(成長過程)のハチが出現したとき、まだ《大量の卵を産む》ことができていなければ、その時点で生存率は維持できなくなり存続し続けることはできなかったはず──《成虫達成率が低いスタイル》を《おぎなうための進化をとげる猶予》などなかったはずだ。
ということは、現在のような寄生スタイルを獲得した時点ではすでに《大量の微小卵を葉に産みつける》ように進化を遂げていた──と考えないとつじつまが合わない。

そもそも、他の虫に寄生するのなら、餌となりうる虫に直接卵を産みつければよさそうな気がしないでもない。実際、蛾の幼虫に寄生するコマユバチなどは母蜂が直接、寄主(宿主)のイモムシに卵を産みつける。これなら、卵が無駄にならず効率的だ。イモムシ体内で孵化し育ったコマユバチ幼虫が寄主の体を破って繭を連ねる──そんな光景が思い浮かぶ↓。


これはカラスヨトウ(蛾)の幼虫に寄生したコマユバチ(の仲間)の蛹だろう。こうしたスタイル──イモムシに直接卵を産みつける寄生蜂がいるのに、カギバラバチはなぜ、わざわざ(?)大半が無駄になることを覚悟で(?)、大量の卵を葉に産みつけるという、一見、非効率のようにも見えるスタイルをとっているのだろう?
進化の中で「わざわざ生存率を下げる(非効率的な)選択肢」が選ばれるわけがない。カギバラバチのスタイルも、進化の途上で合理的な(効率的な)選択がなされた結果でなければおかしい。

寄生蜂誕生の仮想シナリオ

進化の歴史の中で、地上に植物があふれるようになった時代(?)を想像してみる。豊富な植物を資源に使うことができれば繁栄できる──ということで植物食の昆虫たちも多く誕生しただろう。そして植物食の昆虫がどんどん増えていき、その中で生存競争が起こるようになる……。
そこでまず考えられる生存戦略が、他の種類より卵を多く産むことだ。生産する卵の数(の多さ)で資源の支配率を高めようとするスタイル。1匹の♀の体の大きさには限度があるだろうから、生産できる物理的な量にも限度がある。卵の数を増やすには1つの卵の容積を小さくする必要がでてくる。
そうした理由から《卵のサイズを小型化し大量生産する》──この戦略路線が採られたのは自然のことだろうと想像する。

ただ、卵が小さくなると、同じ資源(葉)で競争している大きな種とかちあったときに、食い殺されてしまうというデメリットが発生したに違いない。
小さな卵が大きな種類のイモムシに食われてしまうことが頻繁に起こるようになると、その中から、大きな種のイモムシの体内で孵化し、イモムシが体内に取り込んだ葉(小さな種の食草でもある)を食べて育つものが誕生したとしても、さほど不思議ではあるまい。
そしてイモムシ体内で、より積極的に(?)イモムシを食うことにシフトするものがでてきたのではないだろうか? 植物の葉を分解して自分の体を再構築するよりは、自分に近い構成物である昆虫を分解して再構築する方が効率的なはずだ。

生物の体は資源(餌)を分解し自分の体に再構築する化学プラントみたいなものだろう。植物を資源にするより動物(イモムシ)を資源にした方が効率的で、プラントの設備もシンプル化できそうだ──餌を植物食から動物食にシフトすることで卵のサイズをさらにシンプル化=小型化できるようになったかもしれない。
卵の小型化は、産卵数を増やすという意味でも、大きな寄主に(無事に?)取り込まれやすくなるという意味でも生存率を高める利点になる。こうした理由で、《卵のサイズを小型化し大量生産する》という戦略路線が強化・加速していったのではないだろうか?

元々は葉を食べていたもの(で卵を小型化大量生産したもの)の中から、ホストをイモムシにシフトした寄生蜂が誕生した──こう考えれば、カギバラバチのように大量の微小卵を《葉に産みつける寄生蜂》がいることも説明できる。
《成虫達成率が低いスタイルをおぎなうために大量の卵を産むようになった》のではなく、《卵のサイズを小型化し大量生産する》という生存戦略がまずあって、その先に《他の種に食われることでその幼虫に寄生する》という新たな生存スタイルの道がひらけたのではないだろうか。
「大半の卵が無駄になる(成虫に至る事ができない)」という《一見すると非効率なスタイル》も、「わざわざ生存率を下げる選択肢を選んだ」などという非合理な解釈ではなく、生存率を高める戦略の選択の結果だと考えるのが妥当だろう。

カギバラバチの《一見すると非効率なスタイル》として、イモムシへの単純寄生ではなくイモムシの体内に(たまたま?)いた寄生蜂や寄生蠅に二次寄生(二重寄生)するという複雑なプロセスがあるが、このスタイルがどうして獲得されたのかについての仮想シナリオは前記事【美しき奇蜂キスジセアカカギバラバチ】の後半にも記した(なので、ここでは割愛)。カギバラバチが二次寄生するようになったのにもやはり合理的な理由があってのことだろうと僕は考えている。

卵を葉ではなく直接寄主に産みつけるコマユバチ

キスジセアカカギバラバチは葉から葉へと移動してせわしなく産卵行動をくり返していたが……では、コマユバチのように、寄主に直接産卵する寄生スタイルは、どのように誕生したのだろう。

《葉に卵を産みつける寄生蜂》は寄生スタイルを獲得する以前からの(葉を食べていた時代に食草に産卵していたときの?)先天的なプログラムで、葉に産卵する行動を受け継いでいる──と考えれば納得できる。
《寄主に直接産卵する寄生蜂》のスタイルは、成虫♀が産卵場所を選定するプログラムが、《「幼虫時代に自分が食してきたもの」を選択する》というものでとあったとすれば説明できそうだ。
元々葉を食べていた時代、幼虫は食べていた食草のニオイを記憶し、成虫になるとそのニオイのある葉をみつけて産卵していた──それがあるときイモムシの体内にとりこまれ、イモムシ食にシフトすることになったことで、イモムシのニオイを記憶し、それをたよりにイモムシを探して産卵するようになった……そんな解釈ができなくもない。
「イモムシを探しだす」のは「(そこらにたくさんある)葉に産卵する」よりも労力を要すことになるだろうが、卵が無駄になる可能性を低減できるのだから全体としてみれば効率的なはずた。進化の中で効率的なスタイルが選択されるのは理にかなっている。

セイボウはどうして他蜂の巣に托卵するようになったのか

今回、キスジセアカカギバラバチを見てふと頭に浮かんだのが宝石蜂といわれるセイボウ──これもキレイにしてユニークな寄生蜂だ。セイボウの仲間(の多く)は、他の蜂が(その蜂の子どものために)狩ってきた虫が貯えられた巣に潜入して産卵する。孵化したセイボウ幼虫は他の蜂が貯蔵した資源を横取りする形で育ち、成虫になると同じように托卵しに寄主の狩り蜂の巣にやってくる。


枯れ枝に残されたカミキリの脱出孔を巣にするヤマトフタスジスズバチ↑と、ようすをうかがうムツバセイボウ
ヤマトフタスジスズバチはイモムシ(蛾の幼虫)を狩って巣にたくわえ産卵する。貯蔵したイモムシはもちろんヤマトフタスジスズバチの孵化した幼虫のために集められたものだが、ムツバセイボウはその巣にしのびこんで卵を産みつける。孵化したムツバセイボウ幼虫はヤマトフタスジスズバチが集めたイモムシを食って育つ。


(※↑【ムツバセイボウふたたび】より)
セイボウの仲間が、他の蜂の巣に侵入して卵を産むのも、幼虫時代に自分が育った環境のニオイなどを記憶し、成虫♀になったとき、同様の環境を探して産卵するというプログラムであったとすれば説明がつく。
元々はセイボウもイモムシやクモなどの寄主に直接産卵するスタイルの寄生蜂だったのではないか。セイボウが卵を産みつけたイモムシやクモを他の狩り蜂が狩って巣に運び込むというようなこともあったろう。その巣の中で孵化したセイボウ幼虫は、その狩り蜂が集めた餌を食って育ち、その環境(他種の狩り蜂が集めた餌の貯蔵庫)を幼虫が育つべき適切な場所だと認識(という言葉は正しくないかもしれないが)して、自分が幼虫時代に育った環境を探して産卵するようになった……そんなシナリオが考えられる。

──というのが、ド素人の《頭の体操》。こうした考えは、確かめたり裏付ける検証実験をしたわけでもないし、これが正しいと信じているわけでもない。
今後観察例が増えたり、知識が増えていけば、その時点で新たな仮想シナリオを思いつくかもしれない。
実際のところ、どうなのか──《真相》にはもちろん興味のあるところだが、それよりまず自分が遭遇した《ふしぎ》に対し、自分は《どう解釈するか》──ということに僕は関心がある。
正しい答えは専門家が見つけて、既にどこかにあるかもしれない。が、すでに誰かが見つけた正解を探すより、まずは自分なりに納得しうる解釈を考えてみたい──そんな思いがあって、現段階で考えている解釈を記してみたしだい。


美しき奇蜂キスジセアカカギバラバチ

美しくして奇抜な蜂:キスジセアカカギバラバチ



雑木林ぞいの小道で、低く飛ぶ1cmほどのキレイなハチにであった。葉から葉へと移動し、葉上に降りるとふちでくるりと尻を葉の外側に向けて腹端で葉の裏にタッチするようなしぐさ──産卵行動をくり返していた。【キスジセアカカギバラバチ(黄筋背赤鍵腹蜂)】──黒い腹に名前の通り「黄色い筋」と「背中の赤」が目を引くハチ。「カギバラ」はメスの腹端が鉤のように曲がっていることに由来するそうな。その形が葉裏にくり返し産卵する作業には適しているのだろう。
赤・黄・黒の彩りも美しが、この昆虫は生活史がユニークなことでも、しばしば話題になる。

カギバラバチの仲間は葉に卵を産みつけるが、これが食草というわけではない。その葉を食いにきたチョウや蛾の幼虫に(葉といっしょに)呑みこまれ、その体内でその幼虫に寄生する別の寄生蜂や寄生蠅に二次寄生することで初めて成長できるという。キスジセアカカギバラバチについてはアサギマダラに寄生したマダラヤドリバエという寄生蠅の蛹からも出ることが確認されているらしい。

産みつけられた卵のうち「運良くたまたま」チョウや蛾の幼虫に(無事に?)喰われることができ、さらに「運良くたまたま」その幼虫に別の寄生蜂や寄生蠅がいた場合に限って成虫になりうる──「運良くたまたま」が重なることが必要なために「めったに成虫になれない」→「めったに見られない珍しいハチ」と思い込んでいる人もいるようだ。しかし、キスジセアカカギバラバチはさほど珍しい昆虫ではない気がする。1つの卵から成虫になれる確率は他のハチより低めかもしれないが、そのかわり小さな卵をたくさん産む。確率の低さを分母の大きさでカバーしているのだろう。じっさい、キスジセアカカギバラバチはブログでもしばしば登場しているし、検索すれば多くの記事や画像がヒットする。
僕も去年、(今回と)同じ時期・同じ場所でキスジセアカカギバラバチを撮っている。そのときは名前も生活史もと知らずにキレイな蜂ということでカメラを向けたのだが……木陰ゾーンだったため(暗くて)ブレたりボケたりで撮影した画像は全て削除。今回が1年ぶりのリベンジ撮影となった。
撮影状況が前回と同じだったので、やはりブレがちだが……とりあえず、キスジセアカカギバラバチの産卵行動のようすを──。

キスジセアカカギバラバチの産卵行動





去年も1匹のキスジセアカカギバラバチが複数の植物の葉で産卵するのを確認していたが、今回はドクダミの群生する場所で、ドクダミの葉での産卵行動が多く見られた。今回撮影したのも全て同一個体。






一度の産卵行動は短い。腹端もあまり深く葉の裏に差し入れているようすはなく、産卵にしてはあっさりした印象。葉のふちから浅いところに産みつけるのは、「手早く作業できる」という産卵効率の利点と、(イモムシ・毛虫は、よく葉のふちから食べ始めるので)「イモムシ・毛虫に取り込まれやすい位置に産める」という利点もあるのだろう。










あまり植物の種類にこだわりはなく産み続けているようにも見えた。植物によってそれを食草とする幼虫の種類も変わってくるはずだが、その幼虫に直接寄生するわけではないし、広い種類に対応できるよう「間口を広げている」のかもしれない。

キスジセアカカギバラバチの超極小卵

キスジセアカカギバラバチに再会するチャンスが来たら、今度こそちゃんと撮りたいと思っていたが、本体のみならず、葉の裏に産みつけられた超極小卵(0.12mmだそうだが)についても確認しておきたかった。
実は去年、産卵行動を撮った後、問題の葉を裏返して卵を探してみたのだが見つけることができなかった。その時は、それほど小さな卵(0.12mm)だとは知らなかったので見落としていたのだろう。
たとえばナミアゲハの卵は直径1.2mmほどだが──仮に同じ形であったとして1.2mmの卵に対して0.12mmの卵では、大きさ(体積)が1000分の1となる。


キスジセアカカギバラバチが産卵したとおぼしきこの葉↑。
その裏側の産卵ポイントを拡大して超極小卵を探してみた↓。








肉眼ではとうてい確認できず、スーパーマクロモードで撮影した拡大画像をみて、ようやくキスジセアカカギバラバチの卵とおぼしきものを確認することができた。鮮明な画像とは言いがたいが……とりあえず、とても小さいことはわかる。キスジセアカカギバラバチは、こんな小さな卵を数千個も産みまわるらしい。




『昆虫はすごい』の【カギバラバチ】について

以前、読んだ『昆虫はすごい』という本にもカギバラバチについて紹介した部分があった。この本ではカギバラバチを《宝くじ的な確率に運命を委ねている》と記しているのだが、その部分に違和感を覚えた。
後戻りできない進化の袋小路に入り込んで、複雑な生活史に追いやられた生物が存在することはあり得るだろう。しかし、後戻りできない進化のそれぞれの分岐点では、その時点で生存率が高まる選択肢が選ばれてきたはずだ。わざわざ生存率を下げるような道が選ばれるはずがない──そう考えるのが自然だろう。堅実な選択の積み重ねの結果であるはずの生態に対し、めったに当らない「宝くじ」の例えはふさわしくないように僕には感じられた。
ド素人の無知な感想だが、この本に対して思うところを記したことがある(*)。そのさいの『昆虫はすごい』からの引用部分(枠内)と僕の感想部分を最後に再掲載しておく↓。

*『昆虫はすごい』(丸山宗利・著/光文社・刊)より*
 寄生性の昆虫には、ほかにも遠まわしな寄生方法をとるものがいる。
 カギバラバチ科のなかまにはスズメバチに寄生するものがいるのだが、その方法はツヤセイボウよりさらに遠まわしで、まるで宝くじのようである。
 まず、カギバラバチは植物の上に非常に多数の微細な卵を産みつける。次に、その葉を食べるイモムシが、葉と一緒に卵を食べる。イモムシに傷つけられた卵は、イモムシの体内で孵化する。そして、スズメバチがそのイモムシを捕まえて、肉団子にして、巣に持ちかえり、幼虫に与える。
 運良くスズメバチの幼虫の体内に入ったカギバラバチの幼虫は、スズメバチの体内を食べ、そしてそれを食い破り、さらに外から食べ尽す。
 カギバラバチの卵の圧倒的多数は、植物の上に産みつけられたままで、さらにイモムシに食われても、そのイモムシがスズメバチに狩られる可能性はかなり低いだろう。このような宝くじ的な確率に運命を委ねているせいか、カギバラバチには個体数の少ない珍種が多い。(P.94~P.95)


これは、「スズメバチからカギバラバチが羽化した」ということなのだろう。その事実をうけて寄生ルートを調べてみると、カギバラバチの卵が産みつけられた葉を食べたイモムシ経由であることが判った──そういうことではないのか?
本文の説明(引用部分)では、「カギバラバチのターゲット(宿主)はスズメバチで、わざわざ手間のかかる非効率的な方法を選んで寄生している」というニュアンスを感じるが……ちょっと納得でない。「では、いったいどうしてそんな面倒ことをすることになったのか?」──誰だって疑問に思うはずだし、この解説だけでは合理性に欠け説得力がないように思われた。

正解はもちろん僕にも判らないが……僕なりの解釈で整理してみた。まず事実関係として確かめられているのは、きっと──、

(1)カギバラバチは葉に卵を産みつける。
(2)スズメバチからカギバラバチが羽化した。
(3)その寄生ルートは、カギバラバチの卵が産みつけられた葉を食べたイモムシ経由。

──ということだろう。
合理的な解釈をしようとすれば、次のようなシナリオが考えられるのではないか。
まず、寄生蜂の《カギバラバチが葉に卵を産みつける》というのは、そういうプログラム(本能)で繁殖してきた(それで必要な生存率は保ててきた)ということだろう。カギバラバチを「寄生者A」とし、そのプログラムが成立し得たのはなぜかを考えると、近くに「カギバラバチの宿主(寄主)B」がいたからだと考えるのが自然だ。カギバラバチと同じように葉に卵を産みつける寄生蜂もしくは寄生蠅などを「B」としよう。「A」と「B」が同じようなプログラムを持っていれば、同じような植物の同じような場所に産卵する事はあり得るだろう。もっと積極的に「A(カギバラバチ)」が「B」の産卵の痕跡を探して産卵している可能性もあるかもしれない。同じ環境下で「A」が「B」の卵の近くに産卵することは「宝くじ」に当るほど難しい事ではないはずた。「A」も「B」も「卵がどうなるかを考えて」そこに産んでいるわけではない。ただ同じようなプログラム(本能)に従って産卵しているだけ。それがどうやって寄生が成立するかというと、卵が産みつけられた葉を(これを食草とする)イモムシが食べ、「A」と「B」両者の卵がイモムシの体に入る。イモムシの体内でまず「B」が孵化しイモムシを体内から食いはじめる。そのさい、「A(カギバラバチ)」の卵も一緒に食べ、「B」の体内に「A(カギバラバチ)」が取り込まれることで二重寄生が成立する。A(カギバラバチ)は「宿主(寄主)B」の体内で孵化し、Bを食って成長する──というシナリオだ。
これならば、「A(カギバラバチ)」の「B」への寄生は「宝くじ」に当るような特別なことではないだろう。
これが基本的な寄生シナリオだったのではないか。それならば「あり得そうだ」と思える程度に自然で納得できる。

ではなぜ「A」は最初に卵を食べたイモムシへの単純寄生ではなく「B」への二重寄生という、より複雑な方法をとるようになったのか? そのプレシナリオも想像してみる──。
「A」は元々イモムシへの単純寄生をしていたのかもしれない。ところが同じようにイモムシに寄生する「B」という競争相手が現れ、同じイモムシの体内で「A」と「B」がかち合うことが頻発するようになったのではないか。イモムシの体内で孵化した「B」幼虫は強く、「A」の卵や幼虫を食い殺して、この競争を制していたとする。劣勢に立たされた「A」だが、「B」に食われた卵の中から「B」の幼虫体内で孵化し、二重寄生に成功するものが出てきたとすれば──「A」は寄生対象を「イモムシ」から「B」にシフトすることで巻き返しを図ったという可能性も考えられなくもない。
これはあくまでも想像で、実際の進化の過程はわからないが……「A」は《最初に食われた時には孵化せず2度目に食われるのを待って孵化し寄生する》という新たな戦略に活路を見いだしたのではないか……。

さて、イモムシに食われ、その体内で2度目に食われるのを待つ「A(カギバラバチ)」の卵──この《「A」の卵を体内に取り込んだイモムシ》をスズメバチが狩り、幼虫のエサにすることもあるだろう。そのさい、「A(カギバラバチ)」が孵化するのは「B」の体内ではなく「スズメバチの幼虫」の体内ということが起こる。そうして「A(カギバラバチ)」はそのまま「スズメバチの幼虫」に寄生するというシナリオが派生する。
「A(カギバラバチ)」が「B」に寄生する基本シナリオよりも「スズメバチの幼虫」に寄生する派生シナリオの方が確率的には低いだろう。しかし食料資源としては「B」より大きな「スズメバチの幼虫」の方が利用価値が高く、「A(カギバラバチ)」幼虫も大きく育ち、より多くの卵を産める成虫になるという利点がありそうな気はする。スズメバチに寄生できる確率は低いが、それがかなえば繁殖能力は高まる──この寄生確率と繁殖率のかねあいで、スズメバチに依存した方が有利であった場合には、「スズメバチがメイン・ターゲット」という選択肢が生まれるのかもしれない。しかし、そうでないとすれば、《「A(カギバラバチ)」のターゲットは「B」が基本》で《「スズメバチへの寄生」はしばしば起こるアクシデント》程度のものではないか……という気もする。
いずれにしても、《スズメバチからカギバラバチが羽化した》という事実だけから、《「宝くじ」的な寄生方法をとる蜂がいる》──というニュアンスのプレゼン(解説)に直結したのだとすると、ちょっと違和感があり、僕にはすんなり納得できなかった。

上記のシナリオはあくまでも想像ではあるが、「A(カギバラバチ)」と「B(Aの寄主でありイモムシの寄生者)」そして「イモムシ」──このような3者の関係は実際に存在するらしい。
飼育環境下で卵から育てたアサギマダラ(蝶)からマダラヤドリバエという寄生蠅が羽化することがあるという。アサギマダラ幼虫にエサとして与えた葉にマダラヤドリバエの卵がついていて、これを食べたアサギマダラ幼虫体内でマダラヤドリバエが孵化し寄生が成立するらしい。そしてアサギマダラ幼虫に寄生したマダラヤドリバエの蛹から、さらにキスジセアカカギバラバチという寄生蜂が羽化することもあるというのだ。キスジセアカカギバラバチもイモムシが食う葉に卵を産みつける。つまり、前述の「A(カギバラバチ)」:「B」:「イモムシ」の関係と「キスジセアカカギバラバチ」:「マダラヤドリバエ」:「アサギマダラ幼虫」の関係は構図としては同じといえる。
アサギマダラのエサとして与えた同じ葉にマダラヤドリバエとキスジセアカカギバラバチの両者の卵があることは、さほど不思議な事ではないだろう。
そうした寄生を受けたイモムシを、たまたまスズメバチが狩ることで《スズメバチからカギバラバチが羽化した》という状況が生まれる──そういうことではないのだろうか?
余談だが、キスジセアカカギバラバチと思われる蜂は狭山丘陵でも見たことがある。ここでもアサギマダラの姿はたまに見かけるが、狭山丘陵でのキスジセアカカギバラバチの寄生ターゲットはアサギマダラではないだろう。おそらく多くの(?)種にフレキシブルに対応(寄生)しうる種類なのだろう。それが、たまたまスズメバチのような狩り蜂に寄生するケースもある──というだけで、寄生蜂が「宝くじ」のような冒険をおかしているわけでは決してないだろうと思う。
仮にスズメバチをメイン・ターゲットとするカギバラバチがいたとしても、そこへ到達するまでには、合理的に説明できるルーツ(シナリオ)が必ずあるはずだ。