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夢の中で解いたクイズ

だいぶ昔のことになるが、夢の中でクイズを解いたことがあった。
12個の箱の中から重さが違う1つを秤を3回だけ使ってみつけよ──というクイズだった。問題の箱が他より【重い】のか【軽い】のかが示されていなかったので難しく感じた。起きて考えているときには解くことができなかったのだが……なんと、眠っている間にインスピレーションを得て解決。目覚めてすぐに夢の中で得た答えをメモに書き残した記憶がある。当時のメモをあらためて図解してみたのが以下の画像。
直列的な文章で説明すると、ちょっとややこしいが、着想を得た時点の理解では構造全体を見渡せていたので、スッキリ感があった。











金縛り考

金縛り(かなしばり)とは…個人的解釈

先日『ステキな金縛り』という邦画をDVDで観た。西田敏行扮する落ち武者の幽霊が登場する法廷コメディという奇想天外な着想の作品。
殺人事件の疑いをかけられた被告が「犯行時刻は旅館で金縛りにあって動けなかった」とアリバイを主張したことから、彼の無実を証明するため、当夜彼の上に乗っていたという落ち武者の幽霊を証人席にひっぱりだすことになる──といった話。

『ステキな金縛り』についての評価については長くなるのでさておき……この作品のタイトルにも使われている【金縛り】について、思うところを記しておこくことにする。

『ステキな金縛り』もそうだが、【金縛り】は【幽霊】同様、心霊現象として話題にされることが多い。
僕自身は【幽霊】の物理的な存在は信じていない(主観的には存在しうると考えている*)が、いわゆる【金縛り】といわれる現象は何度も経験している。

医学的(解剖学的?)には解明されていそうな気がするが調べた事は無い。
実際に【金縛り】を体験した頃から、次のように解釈して納得しているからだ。

人は就寝中、夢を見る。そして夢の中で行動する──しかし、夢の中の意識によって実際に体が動いてしまったのでは大変なわけで(それでは夢遊病患者だ)、通常、夢の中の行動(運動意識)と、実体の体(就寝している)はリンクが切れた状態にある。

それが寝入りばなや覚醒まぎわ……意識が夢の中にあるのか実体側にあるのか曖昧な境界上にあるとき──自分が横たわっている事は自覚しながら、体と意識とのリンクが切れた状態が生じることがある──これが【金縛り】なのだろう。僕はそう解釈している。
身動きとれない中で、その状況を理解しようとし「幽霊が自分の上に乗っている(ため)」などと思いこんで、夢うつつ状態で(半覚醒の夢として)「幽霊」を見たとしてもおかしくはあるまい。
こうして【金縛り】が【幽霊】がらみの現象だという解釈が生まれ、この解釈が広まったことで、【金縛り】を心霊現象のようにとらえる人が増えたのではないか──と考えてきた。

さて、実体の体が動かなくなるのが【金縛り】だが……夢の中で体が思うように動かなくなる事もある。
何者かに追われ、懸命に逃げようとするのだが、体がなかなか前に進まない──そんな夢は時々耳にする。
僕自身も《走ろうとするのだけれど、まるでプールの中を歩いているかのように、体が前へ出て行かない。重心が前がかりにならないために、ゆっくりとしか進むことができない》というはがゆい思いを夢の中で体験したことが何度かある。
【金縛り】ほど強固な拘束ではないから……仮に【綿縛り】とでも呼ぶことにしようか。
この【綿縛り】についても僕なりの解釈を記してみたい。

【金縛り】の説明で《通常、夢の中の行動(運動意識)と、実体の体(就寝している)はリンクが切れた状態にある》と述べたが……正確にいえば、多少は連動していると考えられる。
悪夢(夢の内容)に影響され(うなされて)実体が身悶えすることはあるし、逆に実体の立てた膝が倒れることで、その感覚が夢の中へ伝わり、崖から落ちるシーンとなって慌てて目が覚めることもある。

夢の中で起こる【綿縛り】も、寝ている実体側の感覚が夢に混入することで起こるのではないか……と僕は考えている。
たとえば仰向けに寝ていて《重力が後ろ(背中側)にかかっている》(あるいは横向きに寝ていたとしても《足に重心が乗らない》)という実体側の感覚が夢の中へ伝わっていたとすると、夢の中の意識感覚では《重心が前にかからない》となり《なかなか前に進めない》という状況が生まれたとしても不自然ではないように思う。
立てた膝が倒れる事で落下の夢を見ることがあるのだから、横になっている感覚を反映して重心が前がかりにならない夢を見たとしても、おかしくはないだろう。
これが【綿縛り】の正体だ──と僕は解釈している。

ところで、体操競技に「ロンダート」という技がある。日本語でいうと「側転跳び(側方倒立回転跳び)4分の1ひねり後ろ向き立ち」──後転跳び(バック転)や後方系の宙返りなどへつなげる技で、前向きの助走から後ろ向きの運動へ切り替える技だ。
基本的な技術なのだが、このロンダートを夢の中で行うと、なぜか決してうまくいかない。
回転の中で瞬時に体の向きを変える感覚が得られず(回転とひねりのタイミングがうまく合わない)、いわゆる技が「流れて」しまう状態になってしまうのである。ロンダートのバランスが崩れ、次の後方宙返りが踏みきれない……そんな夢を若い頃にはしばしば見た。

ロンダートのリズム・感覚は頭の中にやきついているが、これを夢の中で行うと、横たわっている実体からの影響(【綿縛り】効果)を受け、正しいタイミングでの再現(夢内再生)が阻まれ、運動のバランスが崩れてしまう──こうした理由で、夢の中ではロンダートがうまくいかないのだろうと想像している。
夢の中でロンダートが「流れる」経験をした人は、きっといるのではないかと思うが……まだ、夢の中でロンダートをしたという話は聞いた事が無い。
他にこんな夢体験をした人がいるものか、いないものなのか……ちょっと気になるところである。

*人はなぜ《霊》を感じるのか

http://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/25709128.html

■エッセイ・雑記 ~メニュー~
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チョウのみた夢~善意の報酬~

みくに出版《知の翼》1997年12月号に『チョウのみた夢』というタイトルで掲載したファンタジー。原稿用紙(400字詰)12枚余の読み切り作品。

チョウのみた夢~善意の報酬~



 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 
『チョウのみた夢』作・星谷 仁/知の翼(みくに出版)1997年12月号

※【覚書】(執筆当時のもの)
 この作品の構想は以前から持っていたものである。イメージとしては『善意の報酬』というタイトルでずっと頭の中にあったのだが、対象年齢を考慮して『チョウのみた夢』となった。
 アイディア・ストーリーにおいて、<意外性>が用意されているのは当たり前。できれば二重にも三重にも用意されていることが望ましい──と僕は考えている。
 この作品でいうと、虫の妖精が出現したのは、クモに襲われる<チョウを助けたご褒美>──と思いきや<クモを虐待した報い>だったという、視点の逆転……それが第一の<意外性>であり、チョウを救ったためにチョウにされ絶体絶命となった<僕>を救ったのが、チョウになる前の自分であった……というのが第二の意外性。そして、夢から覚めた<僕>が、もしクモの巣のチョウをみつけたら助けるべきか否か──メビウスの帯のような迷宮に迷い込む<リドル・ストーリー>(結末に謎を残すスタイル)の幕切れ……それが第三の意外性である。
 僕はファンタジーやSFを好んで描いているが、実は<妖精>のようなものを描くのは好みではない。ファンタジーは現実では起こり得ない世界を描くものだが、既成の空想キャラクター(妖精や小人のような)を安易に持ち込むと、作品イメージが類型化し新鮮味を欠くことにつながりかねない危険があるからである。既成の空想キャラクターにたよらずに、独自の架空の世界を描くことができればその方がよいに決まっている。そんな考えを持っているにもかかわらず<妖精>を登場させたのは、<妖精>のもつ甘い既成イメージを逆手にとって意外性を演出できると考えたからである。