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フォーラム終了の頃に見た夢

前回【便利なブログの不安なところ…】で、ネット上の情報は《サービスの終了》とともに消滅する儚い運命にあることを記した。ブログとは少し違うが、やはりネット上の「電子会議室」がサービスを終了することになったときも、似たような経験をしている。その頃に見た、たあいもない夢なのだが……記しておくことにする。
僕は昔フェレットを飼っており、その散歩中に遭遇した怪しげな虫(ケバエ幼虫)について調べていた。その過程でniftyの電子会議室【昆虫フォーラム】を知り、ここに出入りするようになった。虫屋さんたちとの出会い、虫見を始めるきっかけとなったのが【昆虫フォーラム】だったわけだが、niftyのフォーラムは2007年3月31日でサービスを終了している。当時、利用者(昆虫フォーラム・メンバー)たちは【昆虫フォーラム】にかわる新たな《場》をめぐって、翻弄された感がある。その頃に見た夢である……。

昆虫フォーラムと遺跡発見の夢
夢の中で、僕は昆虫フォーラム(F昆)の狭山お散歩オフに参加していた。これは狭山丘陵を散歩しながら昆虫を探し観察する恒例イベントで、虫屋ではない僕もちょくちょく〝おみそ参加〟していて、そのときのことは【虫屋な人々】というマンガにしている。
01虫屋な人々扉
夢の中で集合したF昆メンバーは、さっそく丘陵散策に出発。しかしスタートしてほどなく遭遇したのは、昆虫ではなく何かの《遺跡》だった。どうやら重要な発見をしたらしい。貴重な発見を放置して虫探しを続けるわけにもいかなくなり、遺跡発見の取り扱いをめぐって物議をかもす。そのため、お散歩オフが頓挫するという展開の夢だった。遺跡や考古学に関心のない僕としては、「虫探しに来たのに、やっかいなものに出くわしちゃったな」という心境だった。
余談だが……この夢で思いだされるのが、ある虫屋さんの体験談。シジミチョウの越冬卵の採集に訪れた山中で、怪しげな〝人型の物体〟を見つけるが、(その場で通報するとややこしいことになりそうなので?)その場では《捨てられたマネキン》ということにしておいて、目的の採集をした帰りに《遺体》であることを確認して通報したそうな。越冬卵採集に来て《遺体》に遭遇してしまい、目的が頓挫することを懸念しただろう虫屋さんの心情は、僕が夢の中で感じていた「昆虫観察に来たのに思わぬ《遺跡》に遭遇して、虫探しができなくなる懸念」と通じるものがある。
話を僕の夢に戻して──昆虫フォーラムが終了し、これに変わる新たな引っ越し先を模索していた頃に見た夢であることを考えると、夢の中で昆虫フォーラムの一行が遭遇した《遺跡》とは《移籍》のことだったのではなかったか──そう気づいたのは夢から覚めてしばらく経ってからだった。《遺跡》と同じ〝音〟つながりで《移籍》……つまり、フォーラム終了にともなう《移籍(移行先の模索)》の問題が昆虫フォーラムとしての活動を阻むという構図であり、フォーラム終了当時の不安&懸念を反映した夢だったと考えると、みょうに合点がいく。

昆虫フォーラムと飼育容器そうじの夢
その頃にはもう1つ、昆虫フォーラム絡みの夢を見ている。これには野外オフ会の前半の展開があった気がするのだが、内容は覚えていない。記憶に残ったのは夢の後半部分。なぜか場面が研究室のような室内に移っており、僕は昆虫の飼育容器を掃除している。
ゴールデンハムスターくらいあるでかいアリの飼育容器を掃除する間、数匹の巨大アリを一時的に別の容器(イチゴパックみたいな華奢なもの)に入れておこうとするのだが、次々に容器からはい出してしまい、なかなかフタができない。逃げ出そうとする巨大アリを捕まえては容器に戻すのだけど、そのときは別のが這いだしていて……必死でアリを容器に入れようとあたふたしているしている夢だった。

目覚めてからその意味を想像してみると……「掃除している(昆虫が入っていた)飼育容器」は「リニューアル中(?)の昆虫フォーラム」のことで、「巨大アリ」というのは「昆虫フォーラムのメンバー」、それを一時的にまとめておくための「イチゴパックのような(仮の)容器」を「(フォーラム利用者の)緊急避難的な仮設場」と考えると──、「昆虫フォーラムが(新たな場で)リニューアルされるまでの間、メンバーを集めておく仮の《場》が脆弱なのであたふたしている」──そんな雰囲気を投影した夢だったような気がする。
当時、フォーラムの利用者たちはmixiに仮住まいを設けたり、folomyという新たに立ち上げたSNSに移行したりしていた。folomyの方は6年ほどで閉鎖となっている。
どうして「昆虫フォーラム・メンバー」が「巨大アリ」なのかは良くわからないところもあるが、虫屋の〝まめさ〟が勤勉なアリのイメージと結びついたのかもしれない。アリは小さな存在だが、虫屋の存在感は決して小さくない──それで巨大なアリになったのだろうか?

このブログでは、これまで時々《夢》にまつわる記事も記してきた。
たあいもない夢も、色々と考えてみるとおもしろい。
「夢に意味があるのか」という向きもあると思うが、その点において《夢》は《人生》と似ている。そこに意味を見いだすかどうかは、その人しだいなのだろう。



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夢の無銭飲食三昧?

夢の中でグルメ三昧は!?
先日、投稿した【夢の中のエラー現象】の中で《夢の中では安心して放尿できるマトモなトイレが見つからない》ということに触れたが(オネショ回避のため?)、〝出す〟ことがNGなら〝入れる〟こと──飲食についてはどうなのだろう……と、ふと思った。夢の中で気持ちよく自由に飲食はできるのだろうか? 夢の中で食事したところで布団を汚すような不具合は起こりえない。普段なかなかありつけない高級料理や高級ワインなどの飲み食いが制限なしで、しかも実際にはタダでかなうのであれば、美食家たちにはまさに〝夢のような話〟ではないか。味についての記憶は脳内にあるのだから、食べたことのある料理は脳内再生できるはずだ。現実では一度に食える量に制限があるが、夢の中ならいくらでも──しかもカロリーを気にせず食い続けられる。美食家たちにとって、夢を利用したグルメ三昧は〝おいしい話〟のはずだ。おとがめなしの高級料理無銭飲食!?

それとも空腹感が満たされなかったり満腹感が得られないことで、やっぱり夢の中では物足りなさのような感覚がついてまわるのだろうか?
僕はグルメではないので……というより、食べ物にあまり関心が無いので、夢の中で何か食ったという記憶はない(本当に無かったのか、単に覚えていないのか不明)。
小学6年生の修学旅行で、寝ている級友にかっぱえびせんを食わせた奴がいて、食わされた某君が目覚めてから、「人魂を食う夢を見た。しょっぱかった」と言っていた記憶はある。
僕自身のことで言えば……昔、十二指腸潰瘍で入院し3日間絶食したときは、さすがに飢えて、夢にスイカと酢豚が出てきたことがあった。ただ、その夢の中で食ったかどうかは覚えていない……。

《食》への関心が薄い僕は、食事の時も、たいてい他のことを考えている。箸をつけていた小皿が空になったところで、なくなったことに気づき「はて、この小皿には何が入っていたんだっけ?」「俺、今、なに食った?」と首を傾げることも少なからず。「今日は腹が減らないな」──と思っていたら30分前に食事をしていたとか、食おうと買ってきた物がみつからず、「あれ、もう食っちゃったんだっけ?」と思いなおした後に出てきたり……なんてこともある。
急にそんな症状(?)が出ればボケを疑うところなのだろうが、若い頃から「考え事をしていると」そうだった。入浴中に「あれ? 頭は洗ったんだっけ?」と髪をさわって確かめたり、物思いに耽っているときに、手に持った花粉症の薬箱に目を落とし、「あれ、これを飲もうとしていたんだっけ? それとも、飲み終わってしまうところなんだっけ?」と悩むことも、昔から日常茶飯事だった。
そんなこともあって、昨今の記憶力の衰えに気づくのが遅れた感もある。

食べ物のことに話を戻して……《食》にこだわりが無い僕は、遠くまで食べに出かけようと思ったことは無い。どんなに美味しい料理であっても、どんなに高い料理であっても……「しょせん、ウ○コの原材料だしなぁ……手間や金はかけたくないなぁ」という感覚が働いて、あまりありがたみを感じることができない。今は安くても美味しい物はたくさんあるのだから、なにもわざわざ高価な〝原材料〟を食うこともあるまい……という貧しい気持ちが働いてしまう。
そんなわけで、夢の中でのグルメ三昧は可能なのか……という疑問に対して、僕自身は応えられるような夢の記憶を持ち合わせていない。

夢の中での飲み食いなら、タダだしカロリーも気にせず、良いことずくめではないか──と思い、過去に『暗示効果』というショートショートを書いていたことを思い出した。過食に悩む女性が暗示でダイエットを試みる話である。



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夢の中のエラー現象

指先の運動・輪ゴムの貫通マジック
01輪ゴム貫通マジック
視力や記憶力の衰えを自覚することの多い昨今。指先の感覚も鈍ってきている気がしないでもない……。買い物の会計で畳んだ紙幣を広げるのにてこずったり小銭をつかみ損ねたり……視力の低下(老眼)による影響もあるのだろうが、どうも指先の感覚自体も鈍ってきているような?
昔は「書く」という繊細な作業を日常的に行っていたが、ワープロの登場以降、「書く」作業は「タイピング」に取って代わられている。そんなことも指先のデリケートな運動機能の低下を許す原因になっているのかもしれない。
ということで、指先の繊細な感覚を取り戻すべくプチ・トレーニングとして、簡単な輪ゴムを使った貫通マジックを覚えてみた。交差させて指先にかけた輪ゴムを貫通させるというもの──YouTubeで解説されていたのをみつけて練習してみた。これなら指先のデリケートな運動になる。


老化による運動能力の低下で、以前できていたこと(宙返りなど)ができなくなっていくのは嘆かわしい実態だが、逆に何か、これまでできなかった(したことがなかった)ことができるようになるというのは楽しい。輪ゴムの貫通マジックは、比較的最近おぼえたもので、人様に披露するようなレベルではないが、指先のトレーニングとして、ちょくちょく行っている。

《輪ゴムの貫通マジック》が夢の中ではできない!?
ところが……この最近覚えた《輪ゴムの貫通マジック》が急にできなくなってしまう──という夢を見た。
気をとりなおしてリトライしてみるが、輪ゴムが指から外れてしまったり、からんでしまったりと、失敗の連続。何度くり返しても成功しない。これまでできていたことが、どうして突然できなくなってしまったのかと戸惑っているうちに目が覚めた。
このマジックを夢の中で行ったのは今回が初めてだったが、《実際はできるのに(マスターしている技術なのに)、夢の中ではうまくできない》──という似た体験をした記憶はある。若い頃に《ロンダートという運動を夢の中で行うと、決まって流れる(バランスを崩す)》という経験を何度かしていて、夢の中で「できるはずの技術がどうしてできないのか!?」と戸惑っていた記憶がよみがえった。
《ロンダート》というのは体操競技の床運動でよく見られる、(前向きの)助走から、体の向きを変えて後方系の運動につなげる回転技で、《側転跳び(側方倒立回転跳び)¼ひねり後ろ向き立ち》と呼ばれるものだ。前向きの助走から¼ひねって側転に入り、さらに¼ひねって(計½ひねることで)向きを180度変えて(進行方向に対して)後ろ向きになる──後転跳び(バック転)や後方宙返りなどにつなげる技である。
若い頃は我流でアクロバット系の技を体得していたが、たまに夢の中で《ロンダートから後方宙返り》を跳ぼうとすると、必ずロンダートが流れて(バランスを崩して)後方宙返りの踏切ができなくなるのだ。

夢の中のエラー現象:ロンダートができなくなるのは…
夢の中では、ときに空を飛んだり、窒息すること無く長時間潜水していられるなど、現実ではできないことができたりする。なのに現実にできていることができなくなるというのは、どうしたことか!?
ロンダートがエラーになる夢は、何度か見ており、目覚めた後に、どうしてなのか気になって考えてみたことがある。夢の中で運動をした時に感じる《「体感イメージ」の違和感》がエラーの原因なのではないかと思い至った。

夢の中で《「体感イメージ」の違和感》を感じる現象としては、《走ろうとするのに体がなかなか前に進まない》という例がありがちな気がする。まるでプールの中を走ろうとしているような感覚。浮力で足に体重がのらないので力強く地面を蹴ることができない感じに似ている。水の抵抗を受けているかのように体がスムーズに前に進まない……。これは眠っている本体と夢の中の自分(意識)との感覚のギャップから生み出される現象にちがいない。
つまり、ダッシュをかけるさいに足の裏にかかるはずの重さが(夢の中では)体感できずに、力強く地面を蹴り返すことができなかったり、仰向けに寝ていて重心が前にかからないことで、走るさいに必要な重心の前への移動が(夢の中では)体感できないことで《走ろうとするのに体がなかなか前に進まない》という感覚が生まれ、プールの中を走っているような奇妙な体感の夢になるのだろう。
睡眠中に立て膝が倒れると、その感覚が夢の中に伝わり、バランスを崩して転落する夢になったりすることがある。本体の身体感覚が夢の中に反映するという意味では似たような現象といえるかもしれない。

同じように……夢の中でロンダートがうまくできないのは、実際の運動時には得られるはずの(得られなければならない)運動感覚(回転感覚や平衡感覚)が得られないことに起因しているのではないか。ロンダートは倒立回転の中で前向きの運動が瞬時に後ろ向きに変化する運動だ。このタイミングがズレるとそのあとに続ける後方宙返りなどの踏み切りが適切に行えず、頭から落ちて首を折ることにもなりかねない。寝ている身体状態で、倒立回転&ひねりの体感イメージを適切なタイミングで脳内再生するのは難しい……それで夢の中で行う技は「流れる(バランスを崩す)」という形に誘導されてしまうのだろう。
他の人でもやはり「夢の中でロンダートをすると流れる」ものなのか、聞いてみたいところだが、今まで「夢の中でロンダートをした」という経験談は聞いたことが無いのでわからない。しかし、僕が何度かみた夢ではロンダートがうまくできたためしがないことから、おそらく《走ろうとするのになかなか体が前に進まない夢》と同じように、他の人も体験している夢のエラー現象なのではないかと想像している。

夢の中では異常なトイレ事情!?
ちょっと意味合いが違うかもしれないが……《実際はできるのに、夢の中ではうまくできない》というのに《小用》がある。実体の身体的感覚がリンクして夢の中でも尿意をもよおすことがある。ところが夢の中ではなかなかトイレが見つからなかったり、とても安心して用を足せるような状況ではなかったりする。まともなトイレを探しているうちに目が覚めて、実際にトイレに立つといったぐあい。これは多くの人が経験していることだろう。もし夢の中で用をたしていたらオネショという惨事に至っていたかもしれず……そう考えると、「尿意」という身体感覚ととともに「用を足す体制に無い」という身体感覚も夢には反映されているのだろう。尿意がありながら、放尿を抑制する状態が夢の中に持ち込まれ、《トイレがあっても使えないという理不尽な状況》を構築するのではないか……僕はそんなふうに解釈している。

輪ゴム貫通マジックのエラーは?
さて、それでは夢の中で起こった《輪ゴム貫通マジックのエラー》についてはどうなのだろう? これは急激な運動ではないので、寝ている本体と夢の中の自分(意識)との間に体感ギャップが生まれるとは考えにくい気がする。生理的あるいは反射的な要因でもなさそうだ。ということは──ロンダートや小用がうまくいかない・あるいは立て膝が倒れることで生まれるエラー現象とは別のものなのだろうか?
だとすると、エラーはこの夢限定の現象だったのかもしれない。とすれば、その原因は何だったのだろう? 別の理由は──と考えてみると、思い当たるものがないでもない……。
加齢によって「以前は見えていた物が見えなくなった(老眼化)」「以前できていたことができなくなった(運動機能の低下)」という身体的衰えを嘆きがちな昨今──そうしたネガティブな心理が「最近できるようになったマジックすらもできなきなる」という不安・悲観となって反映した夢だったのかもしれない。そう考えると、納得できそうな気がする。

で、あるなら──指先の感覚に対する不安が解消されれば、夢の中で失敗することもなくなるかも知れない?
指先の感覚を鍛えるトレーニングとして《輪ゴムの貫通マジック》は続けて行くつもりで、コインバニッシュ(硬貨消失)系もぼちぼち練習してみたり……。
《輪ゴムの貫通マジック》は、いずれまた機会があれば、夢の中で確認してみたいことの1つとして覚えておくことにしよう。もう少し上達すれば、次の夢ではクリアすることができるかもしれない!?

余談だが……20年ほど前、イタズラで撮ったイタチのハンドパワー(超魔術!?)動画⬇──イタチが手(前足)をかざしてキアイをかけると小物が消えるというバレバレのバニッシュ系マジック。これも指先の運動と言えなくもない……。


※フェレット漫画>超魔術イタチ:編より⬆

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九千円札!?の夢

壱万円と思ったら…九千円札だった夢
01九千円札

不要不急の外出自粛を実践して僕はここしばらく虫見をしていない。虫屋さんたちの間でもアナウンスがあったようだ。さて、そうした自粛続きの反動なのか──仲間うちで旅行に行くという夢を見た。僕は旅行が好きではなく、特に団体での行事は敬遠しがちなので、こうした夢は珍しい。

    *    *    *    *    *    *

夢の中でも「お決まりの名所コースを決められたスケジュールに合わせて見て歩く」ことに窮屈さを覚えていた僕は、既成の観光コースから外れた、一般的にはマイナーなコースを設定して、そこに面白さを見いだす裏道ガイド(?)を作ってみる。悪戯気分で作ってみた裏道ガイド(?)だが、仲間内ではウケて、実行されるこに。そして、楽しかったという参加者のひとりから僕はチップ(?)をもらうことになるのだが……。

「1万円もあればいいだろう」その客はそう言って紙幣を1枚置いていった。「ふうん…1万円なのか……」と思ってその紙幣を見ると、『壱万円』ではない……よく見ると九千円札だった。本来であれば「九千円札など、あるはずないやろ!」と突っ込むところだが、そこは夢の中なので不思議にも疑問にも感じず、「なんだ……1万円ではないのか」と、少しガッカリする夢だった。


    *    *    *    *    *    *

目覚めたときには「はて、いったいなんのことやら?」という夢だったが、よく考えてみると……思いあたることが、ないでもない。
夢の中で、僕が作ったガイドに対して「1万円の値打ちがある」という評価を受けたわけが、実際に手にしたのは「9千円」だった……これは、僕を評価してくれる意見があっても、額面通りではなく、実際の評価は(社交辞令などを差し引くと?)きっと、それより低い──割り引いて受け取らなくてはならないという感覚が反映していたような気がする。

そして、既成の観光ガイドに対する僕が作った裏道ガイドという夢は……先日投稿した【タマムシとコガネムシ】を反映したものではなかろうか? つまり、童謡『黄金虫』のうんちくとして広く浸透しているのは《ゴキブリ説》(既成:メジャー)だが、これに対して僕が支持しているのは、マイナーな《タマムシ説》(裏道ガイド的な?)であり、この関係と符合する。僕がうったえる《タマムシ説》に共感してくれる方もいるようだが、じっさいの支持率は、僕の期待よりも低いのかもしれない……そんな気分が反映しているような気がしないでもないのである。



※九千円紙幣ということで坂本九さんを描いてみたが…ビミョ〜!?


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夢の中から電話で自分を起こした話

先日[エッセイ・雑記]のカテゴリーで投稿した【夢の中から電話!?】を小説版(ショートショート)として書き直してみたもの。

01夢から電話SS01
02夢から電話SS02
03夢から電話SS03
04夢から電話SS04
05夢から電話SS05
06夢から電話SS06
07夢から電話SS07
08夢から電話SS08
09夢から電話SS09

夢の中から電話!?(エッセイ版)


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