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糞の手紙!?〜イタチの粗相考

『いたちの手紙』と『いたちのてがみ』
01鼬の手紙&てがみ
前回《いたちの魔かけ》で、童話『いたちの手紙』に触れたが、良く似たタイトルで『いたちのてがみ』という別の児童書があることを最近知った。題名の読みは同じだが、「てがみ」の表記に漢字とひらがなの違いがある。両方の作品をあらためてまとめてみると──、

『いたちの手紙』は佐藤さとる・作/村上勉・絵の児童文学。1973年に講談社から単行本として出版され、『佐藤さとるファンタジー童話集③おばあさんの飛行機』(講談社文庫/1976年)、『佐藤さとるファンタジー全集⑫いたちの手紙』(講談社/1982年*2011年復刻)に収録されている(※1972〜1974年に刊行された『佐藤さとる全集』(全12巻/講談社)には収録されていない)。
子どものリアルな日常を舞台とする実在感のあるファンタジー作品で、内容を簡単に記すと……小学生のアキラがちょっと変わった封書(これが《いたちの手紙》)を拾ったことから物語が始まる。封書の裏(差出人欄)には幼い字で「いたちくぼのいたち」と記されていた。投函前の手紙だったことから、アキラはこの手紙をポストに入れるが、そのあと謎の手紙のことが気になってくる。「いたちくぼ」と呼ばれる場所が近くにあることを知ったアキラはそこへでかけ、初めてイタチと出会って《いたちの魔かけ》を体験することになる(これにかかるとイタチと会話することができる──というのがこの作品のファンタジー・ルール)。やはり《いたちの魔かけ》がかかる小1のカオリとの出会いがあり、《魔かけ》の秘密&なぜ、イタチが手紙(カオリが代筆)を出すことになったかなどの《謎》がだんだんと解けていく──。いたちくぼに独りっきりになったイタチがよその地域で同じ状況下にあるイタチを嫁にとる話なのだが、アキラの視点で展開する物語には、謎解き的なあじわいもあって、おもしろい作品だった。

タイトルがオールひらがなの『いたちのてがみ』は、こしだミカ・作の絵本。月刊予約絵本「こどものとも年少版」通巻404号/福音館書店/2010年。版元のサイトには「読んであげるなら:2才から」とあり、文章は少なめで絵のうったえるところが大きい。力強く躍動感あふれる個性的な絵に魅力を感じた。
内容は、おばあちゃんの家(古い木造家屋)にひっこしてきた女の子が、屋根裏に住み着いているイタチに興味を示す。女の子が初めてイタチをみた場所にチーズを置くと、翌日、チーズは消えてかわりにイタチの糞が残されていた。その形が文字(ひらがなの「つ」)にみえ、女の子はそれを「いたちの手紙」ではないだろうかと考えてイタチに手紙を書くというもの。


糞の置き手紙&ため糞のSNS!?
イタチが残していった糞を「てがみ」に例えた『いたちのてがみ』に対するネット上の反響には「イタチの糞を手紙だと思うという発想に意外性があっておもしろい」というような感想もあった。たしかに──しかし、イタチを含む動物の糞や尿には仲間とのコミュニケーション・ツールとしての意味もある(マーキングに使われる)ので、糞を「手紙」とみることは、あながち飛躍した解釈ではない。動物の糞には、何を食べていたのかとか健康状態などを示す情報も含まれているので、その主のことを知る大事な手がかりになったりもする。
人間から見ればただの排泄物だが、糞は動物にとって、その主のことを示す色々な情報が記されている……そういった意味では置き手紙といえなくもない。人間の手紙には「言葉の壁」があって文字が読める相手にしか伝わらないけれど、文字のかわりにニオイを用いた動物の「置き手紙」は、種類の壁を超えてあるていど「読むことができる」汎用性の高いコミュニケーション・ツールといえるかもしれない。
僕がかつて飼っていたフェレットは散歩中にタヌキのため糞に引きよせられたことがある。タヌキには複数の個体が同じ特定の場所に糞をする「ため糞」の習性があって、互いの情報交換の役割りをはたしているという。単発の「糞」が「置き手紙」なら「ため糞」は「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」といったところだろうか。
フェレットの散歩では、糞にかぎらず、ニオイによる書き込みの「掲示板」があちこちにあることが感じられた。

02鼬漫画目線SP再
『ふぇレッツ・ゴー』グランジ目線で散歩:編より⬆
去勢していないノーマル・フェレット♂・グランジによるマーキング⬇

※枝をまたぐようにして尿をつけている。

イタチの糞:フェレットの粗相考
イタチの糞はただの排泄物ではない!?──という実感は、以前フェレット(家畜化されたイタチ科の動物)を飼っていた時に実感していた。

僕が飼っていたフェレットは基本的にはトイレを設置した場所で用を足していた。
ところが室内で遊ばせているとき、何かの拍子に(?)部屋の隅でしてしまうことが、たま〜にあった。人間からみれば「粗相」ということになる。
フェレットフードの効果なのか……フェレットの糞は意外なほど臭くない。猫や犬の糞に比べたら全然余裕(?)なのだが、それでもソレを室内に放置しておくわけにはいかない。トイレ以外の場所でやってしまった時は、もちろんすかさず回収するのだが、きれいに拭き取ったつもりでもニオイがわずかに残っているのだろう、一度粗相をすると、連日続けざまに同じところでする傾向があった。
一度粗相をすると繰り返す可能性があるので、そんな時にはちょっと「困った」ものだ。

ところで、フェレット好きの人であっても、トイレ以外の場所で「粗相」をされると怒る人は少なからずいるらしい。僕は粗相で怒ったことはない。僕が「困る」のは粗相をされたからではなく、その始末をするさい、フェレットに対して、ちょっと後ろめたさを感じてしまうからだ。

「粗相」というのは人間側が言うことであって、実際のところ、フェレットは「うっかり、そこでしてしまった」わけではない。フェレットなりの理由があって、わざわざそこを選んで糞をおいたと考えるのが正しい。
それが証拠に(?)したばかりの糞を撤去するとき、フェレットは申し訳なさそうな顔をしてはいない。
「俺がせっかくここにしたのに……。したそばから、どうしてわざわざ撤去するかなぁ」と、ちょっと非難めいたまなざしで見上げていたりする。フェレットのヒンシュクを感じてしまい、糞の撤去には後ろめたさがつきまとうのである。

『小動物ビギナーズガイド フェレット』(大野瑞絵・著/誠文堂新光社・刊)には、靴の中に糞をされたというエピソードが紹介されており、笑ってしまったが……ありそうなことだ。知人のフェレットでは足拭きマットでニオイつけをするコがいた。また、フェレットには靴下好きなコが多い──これらはニオイに反応してのことだろう。

いわゆる「粗相」──トイレ以外のところでする排せつには「飼い主(仲間?)のニオイのあるところには自分のニオイも仲間入りさせておきたい」というような社交的な(?)自己主張の意味があるのではないかと僕は考えている(排他的な縄張りマーキングの逆)。
飼い主のニオイのあるところに自分もニオイ参加する……これはSNSへの書き込みや、飼い主のニオイに応じたコメントみたいなものではなかろうか? それをいきなり削除したりブロックしたら、好意を持ってニオイ書き込みをしたフェレットに対してかなり失礼なのではないか……糞の撤去やニオイ防止措置は、着信拒否のような行為ではないかという気がしないでもない。
しかし結局そこは人間の都合で撤去してしまう事になるわけなのだが……僕としては、やはり、ちょっと心苦しい。

家畜の歴史の長い犬は飼い主の顔色を読んで「粗相」をするとしゅんとするらしい(腹いせに「粗相」をすることもあるらしい?)。それを卑屈といってはかわいそうだが、僕は粗相をしても撤去する人間に対して、堂々と「なんだかなぁ」と不満げなまなざしで見上げるフェレットの方が好きなのである。

ちなみに、フェレットの本当の意味での「粗相」とは……愛鼬と一緒にお風呂に入ったら、湯船の中にぷっかり……コレであろう。
ちなみに、これは聞いたよくある話。僕の体験談ではないので、誤解なきように。


(※最後の項目「フェレットの粗相考」は、Yahoo!ブログを始める以前にfreemlに書いていた日記に加筆したもの。freemlもYahoo!ブログ同様、今年の12月で終了する)


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《イタチの魔かけ》と《鼬の目陰》

《イタチの魔かけ》とは?@いたちの手紙
01鼬の手紙他
《いたちの魔かけ》というのは佐藤さとるの童話『いたちの手紙』に出てくる言葉で、イタチが後脚で直立し前脚を目の上にかざすしぐさのことだ。作中ではイタチが人に魔法をかけるときのポーズということになっており、この《いたちの魔かけ》がうまくかかる人は、イタチと会話ができる──という設定になっている。
『いたちの手紙』の内容をかなり大ざっぱにまとめて説明すると──開発で数を減らし、1匹になってしまったイタチが、他の地域で同じ状況下のイタチを嫁にとる話である。その橋渡しをするのが《魔かけ》がかかる人間で、タイトルにある手紙は《魔かけ》でイタチと友だちになった少女が代筆したものだった。ポストに投函されるはずだったこの手紙をアキラという少年が拾ったことから物語は始まる。この物語はファンタジーだが、アキラの視点で「奇妙な手紙」の謎から、《魔かけ》の秘密、ことの真相が明らかにされていく展開は、ちょっとミステリー風の味わいもあっておももしろい。僕が好きな作品の1つである。
さて、謎解き役(?)のアキラが初めてイタチに出会い、《魔かけ》をかけられるシーンは、こんなふうに描かれている──、


 その生きものは、アキラと目が合っても、平気だった。それどころか、とても変わったことをした。
 ふいに後足で立つと、右手を、いや右の前足を、目の上に持っていって、遠くからアキラを眺めた。ちょうど、アキラに向かって、「敬礼」をしているようだった。そのとたん、どういうわけか、アキラは思った。こいつはやっぱりいたちだなって。
 そう、やっぱりいたちだった。こんなふうに、いたちが後足で立って、片っぽの前足を目の上にあげて見ることを、「いたちの魔かけ」という。つまり、いたちが人に魔法をかけようとするときは、こういうふうにするんだね。(佐藤さとるファンタジー全集⑫収録版『いたちの手紙』より)


僕が『いたちの手紙』を読んだとき──もうだいぶ昔のことだが、この《いたちの魔かけ》と呼ばれる言い伝えは本当にあって、作者はこれをヒントにイメージを広げ、このストーリーを考えたのだろうと思った。作中には、次のような記述もある。

昔の人は「いたちの魔かけ」を、大変きらった。縁起がわるいと思っていたんだ。いたちにこれをされると、きっとよくないことが起きるなんて、思いこんでいたみたいだね。
 ほんとうは、そんなことないんだ。いたちが、よくないことを起こすのではなくて、よくないことが起こりそうなとき、いたちは「魔かけ」をして、人間に知らせようとすることがあるんだ。(同『いたちの手紙』より)


実際に忌み嫌われるイタチの言い伝えがあって、それは誤解なのだと説いているような文章だ。そんな《いたちの魔かけ》に興味を覚えて、調べてみようと思ったこともあったのだが……当時は、この言葉に関する情報はみつからず、作者の創作なのだろうかと首を傾げていた。佐藤さとるはファンが多いから、『いたちの手紙』を読んで《いたちの魔かけ》という言い伝えが実際にあるのか気になった人もきっと少なからずいたのではないだろうか?
それからだいぶ後になって、《鼬の目陰(まかげ)》という言葉を知って、これが《いたちの魔かけ》の元ネタだったのかと合点がいった。
《目陰(まかげ)》というのは字面から想像がつくように、目の上に手をかざして直射日光をさえぎる──見る時に目に陰を作るしぐさのことだ。イタチが立ち上がってこんなポーズをとるという俗信があるらしい。
『日本史のなかの動物事典』(金子浩昌・小西正泰・佐々木清光・千葉徳爾/東京堂出版/1992年)という本には「飯綱・鼬 いいずな・いたち」という項目があって、《鼬の目陰(まかげ)》についても触れられている。


 イタチはイイズナとはちがって人里近くに棲息し、ネズミ類を捕食して生活する益獣である。しかしながら、その姿が細長で耳が立ち、しばしば後肢と尾を利用して人間のように立ち上がり、短い前肢をかざして相手の様子を観察する。これを「イタチの目陰(まかげ)」といって人間のしぐさによく似ているので、何か魔性のものがのりうつっているかのように感じられて、不吉な予感をもって見られた。『源氏物語』や『源平盛衰記』の中にもすでにこのことが記されており、現在でも山仕事・旅行などの出発時に、イタチが道を横切ることがあると、「イタチの道切り」と呼んで、前途の幸不幸の前兆とみる土地もある。(『日本史のなかの動物事典』P.3)

《いたちの魔かけ》と《鼬の目陰(まかげ)》は響きも似ているし、仕草も似ている。縁起が悪いものとして捉えられていたという部分も合致する。語源は同じと見てよいだろう。
『全国妖怪事典』(千葉幹夫・編/小学館/1995年)では神奈川県(佐藤さとるの地元)のカテゴリーに【イタチ】の項目があり、次のような興味深い記述がある。


イタチ 動物の怪。鼬。イタチはよく後ろ脚で立って振り向いて、人の顔をシゲシゲと見るという。この時眉毛を読まれると騙されるから、鼬に会ったら眉に唾をつけるとよいという(鈴木重光『相州内郷村話』)。(『全国妖怪事典』P.74)

これは《鼬の目陰(まかげ)》のことだろう。このしぐさによってイタチが人の「眉毛を読む」というのが興味深い。「眉毛を見て心を読む」というようなことだろうか? 《鼬の目陰》によってテレパシーが使えるようになるということなら、《いたちの魔かけ》で人とイタチがテレパス状態になるという設定は、まさにピッタリである。
《鼬の目陰(まかげ)》でイタチが眉のあたりに前脚をかざすのには、相手の眉毛を読むことと何か関係があるのかもしれない。
よく怪しげな話を聞かされたとき「眉に唾をつける」とか「眉唾」などと言うが、眉に唾をつけるのは「眉毛を読まれないように」(だまされないように)という言い伝え由来だったとは、この本を読むまで知らなかった。

『いたちの手紙』にでてくる《いたちの魔かけ》が《鼬の目陰(まかげ)》のことだというのは、おそらく間違いないところだろう。これを「イタチが魔法をかけるときの仕草」としてとらえるなら《いたちの魔かけ》という呼び名の方がふさわしい。そう考えた佐藤さとるが《目陰》を《魔かけ》と翻案したのか、あるいは《鼬の目陰》を《いたちの魔かけ》とよぶ地域が実際にあってそれにならったのか……それとも佐藤さとるが《目陰》を《魔かけ》と聞き違えて覚えていたことで、《魔かけ》➡《魔法をかけるしぐさ》という着想につながったのか……そのあたりのことはわからない。
いずれにしても、《鼬の目陰(まかげ)》という言い伝えが『いたちの手紙』の着想もしくはイメージを広げる手がかりになっただろうことは想像できる。


アズキとぎと『霜夜の鼬』
『いたちの手紙』の誕生には、もうひとつ、ある童謡がかかわっているという。作中でイタチが歌う──イタチがアズキをといで赤飯をたくという内容の童謡だ。佐藤さとるが小学2年生の時に1度だけ教わったというウロ覚えの歌詞が作品の中にでてくる。執筆時にはあやふやだった歌詞や失念していたタイトルが、『いたちの手紙』(講談社/1973年)の出版後に判明したことが『佐藤さとるファンタジー全集⑫いたちの手紙』収録の表題作末尾に《付記》として記されている。出版後、作中の歌詞には間違いがあることがわかったが、うろ覚えに覚えていた(間違った)歌詞が、この作品のモチーフであったことから、作品のイメージを大事にしたいという理由で作中の(間違った)歌詞はそのままにしてあるという。
作中のイタチが、勘違いして(?)間違った歌詞で歌っていたとしても、作品としては(整合性に)何ら問題ない。
この《付記》によれば、問題の童謡は野口雨情が作詞した『鼬の小豆磨ぎ』ということになっているのだが……検索してみると『霜夜の鼬』(作詞:野口雨情/作曲:中山晋平)というタイトルでヒットする。


霜夜の鼬
作詞:野口雨情/作曲:中山晋平

霜夜(しもよ)のしのやぶ 霜(しも)でサーラサラ
ザクリ ザツクリ ザツクリシヨ
鼬(いたち)が小豆(あずき)を といだとさ

寒いぞ寒いぞ 霜夜のしのやぶ
ザクリ ザツクリ ザツクリシヨ
鼬が おまんま たくだとさ

小豆を とぎとぎ ザクリ ザツクリ ザツクリシヨ
おまんま たきたき ザツクリ ザツクリシヨ
霜夜のしのやぶ ザツクリ ザツクリシヨ
赤のおまんま 小豆のおまんま
鼬が 小豆を といだとさ


佐藤さとるは歌詞の「イタチがアズキをといで赤飯をたく」という内容から、「赤飯をたく」➡「めでたいことのお祝い」➡「イタチの嫁取り」というストーリーを考えたのだろう。『いたちの手紙』としては合点の行くところだ。
しかし、『いたちの手紙』という作品を離れて『霜夜の鼬』の歌詞を考えると、ちょっと不思議な気もする。捕食性のイタチとアズキ磨ぎにどんな関係があるのだろうか?

実は、人気の無いところでアズキをとぐ音がする──という伝承はよくあり、「アズキトギ(小豆とぎ)」という妖怪のしわざだとされる。これについて『決定版 日本の民話事典』(日本民話の会・編/講談社/2002年)には次のように記されている。


【アズキトギ】
 夜、川べりや橋のたもとなどの水辺の暗いところで、ザクザクとアズキを洗うような音をたてる妖怪です。分布は九州から東北まできわめて広く、その音はほぼきまっています。「アズキとごうか人食おうか、ゴシゴシゴシ」とか、「お米とぎやしょか人とって食いやしょか、ショキショキ」と聞こえると言われています。(P.288)

 アズキトギの正体を、むじなやイタチだとしているところもあります。毛をコシコシこする音だというのです。ガマだという地方もあります。(P.289)

アズキは正月など特定の祝日、神祭りの食べ物として重要視されただけでなく、不祝儀にも用いられました。霊力を持つ食べ物と考えられていたことが、こうした妖怪の背景にあるのかもしれません。(P.289)


アズキトギの正体についてイタチだとする地域がある──野口雨情は、これをヒントに『霜夜の鼬』を書いたのではないか?
この歌詞がどのように生れたのかを想像してみると……《霜柱を踏む音とアズキをとぐ音が似ている》と感じた野口雨情が、《霜夜にアズキをとぐ者がいる》という不思議な状況をイメージし、それではアズキをといでいるのは誰が何のために?(童謡にするには何がふさわしいか)──と想像を膨らませて《(アズキトギの正体とされる)イタチが赤飯をたくため》という解釈を思いついたのではなかろうか──というのが僕の推理するところ。
ちなみに、アズキトギ・アズキアライと呼ばれる妖怪の正体については、イタチやムジナ(アナグマ※これもイタチ科)の他にも、カワウソ(※これもイタチ科)やタヌキ・ガマ(ヒキガエル?)・老婆の妖怪(小豆婆)などの言い伝えがあるようだ。

余談だが……作詞:野口雨情/作曲:中山晋平のコンビといえば、コガネムシを金持ちに見立てた童謡『黄金虫(こがねむし)』も、ちょっと不思議な作品だ。コガネムシが立てた金蔵とはいかなるものか? この作品については描かれているのはコガネムシではなく、チャバネゴキブリだという説がある。ゴキブリ説は色々なメディアで取り上げられいて、ちょっとしたウンチクになっている。しかしこれはヤマトタマムシだという説もあって、僕はタマムシ説を支持している。コガネムシが立てた金蔵(かねぐら)というのは玉虫厨子のことで、野口雨情は玉虫厨子をタマムシ(コガネムシをそう呼ぶ地域がある)の金蔵にみたてて、この作品を書いたのではないかと僕は思っている。「《玉虫厨子》を《タマムシの金蔵》にみたてる」という着想・創作プロセスは「《霜柱を踏む音》を《アズキとぎの音》にみたてる」という着想・創作プロセスと似ている……野口雨情はこうした連想や見立てからイメージをひろげて作品を創作していたのではないか……と思ったりもするのだが……もちろん、これは僕の個人的な想像。作品がどのようにして誕生したのか──何がきっかけ・ヒントになって、どのようなプロセスで作品ができあがっていったのかということには興味があるので、つい、あれこれ想像してしまう。


イタチの目陰(まかげ)帽子!?&いたちマジック
『いたちの手紙』からは離れるが……《目陰(まかげ)》がまぶしい太陽の光をさえぎるためのものだとすれば、帽子のつば(日よけ)が、この役割りを果たしている。つば付き帽子は目陰(まかげ)帽子といってもおかしくはないだろう。とすれば、フェレット(家畜化されたイタチ科の動物)のフィギュアをつばに乗せたフェレット散歩用の帽子は「イタチの目陰(まかげ)帽子」と言えなくもない。
02鼬の目陰帽子
僕が飼っていたフェレットは直立して前脚を額にかざす《魔かけ》こそしなかったが、前脚をかざして僕が握った物を消すというマジックをしていた!?

魔法ではないが……魔法もどき(?)なエピソードは色々あって……イタチ科の動物は迷信が生まれやすかったのではないか……という気がしないでもない。
03鼬漫画迷信編A

04鼬漫画迷信編B


05超魔術鼬C
『ふぇレッツ・ゴー』イタチと迷信!?:編より⬆

『ふぇレッツ・ゴー』超魔術イタチ:編

黄金色のコガネムシ ※童謡『黄金虫』のゴキブリ説&タマムシ説
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ブログ以前~個人誌的ブログ:チャンネルF

ブログが無かった頃…個人の発表(発信)の場は少なかった

小学6年生~中学生の頃、4コマ漫画を描いていたことがあった。「趣味」というほどのものではなく、ラクガキ程度のもの。無地のノートにざっと下敷きで線を引いて(コマ割り)、いきなりボールペンや万年筆で描き込んでいた。「おもしろいハナシ(コント)を考える」のが楽しかったのだろう。今思うと、ショートコントを連発するテレビ番組の『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』の影響もあったのではないか……という気がしないでもない。
ノートに4コマ漫画がたまってくると、気に入ったものを見つくろって他人にも披露したくなる。今ならインターネットを利用して不特定多数の人に発信する手段があるし、ブログなど他者が閲覧できる《場》への投稿も容易だが、当時はパソコンもインターネットもなかった。素人が個人で作品を披露できる《手段》も《場》も、ほとんどなかった。そんな時代だったので、僕が考えたことといえば……学校のプリント等で使われていたガリ版(謄写版)でマンガを刷ってみようということだった。今では知らない人が多いと思うので、ざっくり説明するとガリ版(謄写版)というのはロウをコーティングした原紙に、鉄筆と呼ばれる先端が尖ったペンで字や絵を描き、これを原版とする印刷。セットした原紙の下に紙を敷き、原紙ごしにインクを含ませたローラーを転がす。すると原紙の鉄筆でひっかいた部分(ロウが剥がれた部分)だけからイングが染み、原紙下の紙に字や絵が転写されるというもの。
ロウ原紙に鉄筆で描くさいにはヤスリの下敷きを使うのだが、これが慣れないと描きにくい。筆圧が弱いと印刷した時にかすれてしまうし、強いと原紙に孔をあけてしまい、インクがボタ漏れして汚くなってしまう。
当時、慣れない鉄筆にてこずりながらも原紙にマンガを描いたのだが……刷ってみると、そのできばえは思い描いていたものとはほど遠く……あまりのヒサンさにガッカリ。「4コマ漫画ガリ版計画」は即行で頓挫したのだった。
今から思えば、ブログのようなことがやりたかった気がしないでもないが……その頃は、素人が自分の作品を多くの人に向けて発信することは簡単なことではなかったのだ……。

初めてのメディア掲載

そんな僕のマンガが初めてメディアに載ったのは高校2年生のときだった。購読していた学研の月刊誌《高2コース》の読者投稿欄には漫画コーナーがあって、気まぐれに投稿したハガキ漫画が採用されたのだ。採用の通知と図書券が届いたのは発売日の後で、それを知らずに発売日に同誌を購入した僕は、読者投稿欄を開いて驚いた。トップに一番大きく見覚えのある絵が……自分の作品が載っているではないか! ポストに投函したあと、連絡も無いのでボツったとあきらめていたラクガキが、作者も知らぬ間に誌面を飾っていたとは……「(よく知った身内が)ちょっと見ない間に、ずいぶん立派になったもんだなぁ」的な感慨があった。


分厚い月刊誌のほんの片隅ではあったが、自分の作品が多くの人が目にするメディアに載ったことは嬉しかった。この感慨はインターネット以降の人にはちょっとわからりづらいかもしれない。
掲載に気を良くしたものの、僕は真面目にマンガを描いていたわけではなかった。当時本気で取り組んでいたのは児童文学(ファンタジー)の創作で、自分の作品を発表できる《場》を模索していた。
高校3年生で文芸系の同人誌に初参加。高校を卒業してから働いてオフセット印刷機と製版機を買い込み、1978年に同人誌《窓》を立ち上げたのだった。

同人誌の時代



僕が主宰した《窓》は、本文の文字も含め、全ページ手書きだった。当時はパソコンもワープロもなく、原稿用紙にペンで書いていた時代。自分の文章を活字にしたいという「憧れ」は強くあったものの、それにはお金がかかる──素人が自分の文章を活字にするというのは簡単なことではなかったのだ……。
《窓》は創刊準備号・創刊号・第2号の3冊で活動中止となったが、第2号(1979年7月)に一挙掲載した長編『クロカニ号の冒険』が、その後出版されるという驚くべき展開があった。金の星社が行っている公募に『クロカニ号の冒険』を応募していたのだが、その「第10回創作童話作品募集」に入選(1979年)──初めて書いた長編(230枚程度)&初めてのコンテスト応募&初めての入賞であり、もちろん出版(1984年)も初めてのことだった。


これ以降も児童文芸の研究会や同人誌で勉強を続け、朝日カルチャーセンターの「大衆文芸の書き方(講師:光瀬 龍)」(通称・光瀬教室)の受講生らで同人誌を作ることになった。こうして誕生した同人誌《MON48》の創刊号(1985年3月)に掲載した『ねこにかかったでんわ』も、岩崎書店から単行本として出版することができた(1985年10月)。


出版で、多くの人の目にとまる《場》で作品を発表することができ、「活字化」への憧れがかなったのは我ながら驚嘆すべきことだった。が、この頃、もう1つ画期的なことが起こる。
日本語ワードプロセッサ専用機の導入だ。
それまでは、そうするしかないため原稿用紙に書いていたわけだが、「書く」という作業はわずらわしい。物語の創作は「作品を考える」ことと、「考えたことを書く」という作業を併行して行わなければならないわけだが、作者としては「書く」方の労力をできるだけ軽減して「考える」ことに集中したい。「考え」のスピードに追いつくために走り書きのように書き進めると、後に清書しなければならないし、推敲の際に下書きの汚い字を見ると内容も雑に思えてきたりして気分もよくない。なんとか下書きを完成しても(その時点で原稿用紙はゴチャゴチャしているので)、清書しなければならない……。時間をかけて清書した後、読み返して直したい箇所がでてくると、修正もやっかいで、新たに書き直したり切り貼りをするなど、かなり面倒な思いをしていて、こうした作業が大きな負担だった。
なので、原稿用紙(に書く作業)から解放されるということは画期的であった。文章を加えたり削ったり入れ替えたりの変更(推敲)が自由自在に行えるのでストレスがかなり軽減した。ワープロは自分の文章を「あこがれの活字」にして表示、出力してくれるのも気持ちもよかった。
夢の機械・ワープロを使えば簡単な版下を作ることもできる──そう考えて、同人誌ならぬ個人誌を不定期で気ままに作り始めた。

個人誌《チャンネルF》



出力した版下をコピーし、ホチキスで綴じただけの簡易個人誌《チャンネルF》(Vol.1は1987年12月1日発行)↑。《チャンネルF》の《F》は、《Fantasy》《Fusion(現実と幻想の「融合」という意味で)》《FUSHIGI》の《F》。「心のチャンネルを《F》にチューニングする」──という意味で、第1号の表紙には(ラジオの)チューナーを模した図案を描いている。冊子形式の個人誌《チャンネルF》とは別に瓦版的な──版下をコピーしただけの個人紙《チャンネル☆F通信》↓も作っていた。


当初は童話・小説・ショートショート・エッセイ等の文芸色が強かった個人誌《チャンネルF》だが、その時々に興味のあることについて記したり、今のブログに近い形になってきた。といってもブログに比べれば手間もかかるし、できることも限られていたが……。
その気ままさからラクガキ的要素が一気に強まったのが、第9号のパロディー・ヒーロー対決だ。友人・某が同人誌時代に楽屋落ち満載のヒーローもの──当時の同人仲間達を揶揄し引き立て役にして自分が正義のヒーローとして活躍する小説シリーズを書いていたのがきっかけだった。これに対抗して僕が書いたのがミラクル☆スターだった。


ミラクル☆スターのネーミングは、元祖・某のヒーローが「スーパースター」を名乗っていたので、「スーパー」に対抗するスターにしようと考えたもの。アメニ『天才バカボン』で、バカボンのパパがミラクルマンに変身(したつもりになる)──という回があって、これにならって(?)「ミラクル」を採用、《チャンネルF》第9号に初登場させた(当時の表紙はモノクロ。色は後にパソコンでつけたもの)。
この楽屋落ちヒーローものにさらに参戦する友人が現れ、三つ巴の小説対決合戦となり、《チャンネルF》第10号で『ミラクル☆スター 復活篇』を書くに至ったしだい。
ラクガキ小説として誕生したミラクル☆スターだったが……あろうことか、実写版へとエスカレート。当時、里山の小動物や昆虫等を撮っていたビデオカメラを使ってパロディヒーローものが作れないか──と考えた。試作として1人でロケを敢行。三脚に固定したビデオカメラの前で、変身ヒーローと怪人(某)の二役を演じ、編集で闘っているようにみせようというもの。今ならパソコンで合成などもできるのだろうが、当時はビデオ機器を繋げてのダビング編集で、カットのタイミングを合わせるのに苦労した。


こうして作った実写版ミラクル☆スターは、当初、内輪のネタがわかる同人仲間ら数人~十数人程度に見せるつもりでいたのだが……ひょんなコトから、TBSテレビの映像作家発掘番組『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』(通称『えび天』)で紹介され、多くの人が見る《場》で披露されることとなったのであった。


この『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』は自主制作映像作品をテレビで紹介するは番組だった。今でこそYouTubeなどで個人が撮った映像を投稿したり他の人たちの作品をいくらでも見ることができるが、当時、一般の視聴者が見ることができる映像作品はテレビや映画等の限られた商業メディアにほぼ限られ、アマチュアが作った映像作品を視聴できる機会は皆無に等しかった。ビデオカメラは普及していたが、子どもの成長を記録するとかプライペートな利用がほとんどだったろう。そういった時代に、アマチュア映像作品を見せるテレビ番組『えび天』は新鮮だった。
『えび天』出演を果たしたことで、個人誌《チャンネルF》でも実写版ミラクルスターを紹介したいところだが、映像作品を紙媒体に載せることはできない。ということで、かわりに(?)別冊・臨時増刊号で『ミラクル☆スター秘密大百科』という特集を組んでパロディ・ヒーロー対決にダメ押し。番外編の実写版ミラクル☆キッドを撮って、『ミラクル☆シリーズ秘密大百科』に至った。


というふうに暴走した個人誌《チャンネルF》だったが、その後は飼育中のフェレットを取り上げるようになる。


ペット雑誌の取材を受けたり、フェレットの記事を書いたり、フェレットの飼育書のイラストコラムを描かせてもらったこともあった。


14号・15号・16号とフェレット漫画が続くが、14号の『フェレットinジャケット』と15号の『ふぇレッツ・ゴー』は、ペット漫画雑誌《ハムスター倶楽部スペシャル》の新人まんが大賞に応募していた。『フェレットinジャケット』は《第6回》の回し車賞+編集部期待賞受賞を、『ふぇレッツ・ゴー』は《第7回》のハムスター賞を受賞。ともに《ハムスター倶楽部スペシャル》に掲載された。


ハムスター賞を受賞した『ふぇレッツ・ゴー』は、不定期連載されることになった。昔は4コマ漫画などをラクガキていどに描いていたことがあったが……フェレット漫画に関しては「マンガとしての面白さ」の追求をするというスタンスではなく、あくまでも「フェレットの面白さ」を描く実録漫画としてとらえていた。
このフェレットの散歩中に出会う昆虫たちを調べるようになったのがきっかけで、昆虫に関心を持つようになっていく。

個人誌《チャンネルF》からブログ《チャンネルF》へ…

やがてワープロ専用機が絶滅し、パソコンにとって変わられる頃には、《チャンネルF》は休止状態になっていた。電子会議室に出入りするようになり、その後Yahoo!ブログを始めるようになって、個人誌ではできなかった実写版ミラクル☆スターの動画を載せたり、カラーイラスト・写真などをふんだんに盛り込んだりして利用してきた。個人の「情報発信の《場》」として、ブログというツールはとても優れており、個人誌とは比べ物にならない。このあたりのことは【Yahoo!ブログの可能性】という記事でも記している。また、関連記事をリンクでまとめ、すぐに開けるようにセットできることもブログの便利な点だ。
そんなわけで(個人誌《チャンネルF》に代えて?)Yahoo!ブログで10年近く記事を投稿して来たわけだが……Yahoo!ブログは今年12月に終了するという。他のブログへの移行ツールを準備中ということだが、どんな形でこれまでに蓄積してきた記事が引っ越しできるのか気になるところ。便利なので多用してきたリンクが引っ越しでURLが変わることで切れてしまうとすると大事た。全て修復しようとすれば膨大な時間がかかるだろう……。
ブログというのは便利なツールだが、こうなると、なかなか厄介だ……。

移行先ブログを探す過程ではてなブログを試しているところだが、長らく中断していた《チャンネルF》のブログ版──新たな発信の《場》として使えるかどうか……思案中。