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佐藤さとる『てのひら島はどこにある』復刊版

てのひら島表紙新旧
※佐藤さとる・作/池田仙三郎・絵『てのひら島はどこにある』(理論社)の復刊版(2016年版/左)とオリジナル版(1965年版/右)の表紙。この作品に対する感想は以前記しているが、復刊版(復刻版)を入手したのであらためて記事にしてみる。

『てのひら島はどこにある』は僕が小学生の時に出会った感動の1作。佐藤さとるといえば『だれも知らない小さな国』が有名だが、その原型となったのが当時未完成だった『てのひら島はどこにある』の構想といえる。
『だれも知らない小さな国』は素晴らしいファンタジー作品だが、この作品を生み出すに至った本質的な作者の動機はむしろ『てのひら島はどこにある』で色濃く感じられる。小学生だった僕はそこに心を打たれた。

『てのひら島はどこにある』の構想は『だれも知らない小さな国』よりも前からあって、作者が若い頃から育んでいた愛着のあるものだった。しかし書いては頓挫するということをくり返し、なかなか完成に至らなかったという。そこで心機一転、設定を変えてあらたに構築し直したのが『だれも知らない小さな国』だった。『だれも知らない小さな国』は素晴らしい作品としてみごとに昇華をはたし、多くの人に愛された。僕も好きな作品である。しかし、設定を新たにしたことで、作品は微妙に(?)変質し(『だれも知らない小さな国』はファンタジーだが『てのひら島はどこにある』はファンタジーではなかった)、『だれも知らない小さな国』では掬い上げることができなかった大事なものが、じつは旧構想の中に取り残されていた……。

『だれも知らない小さな国』(1959年)を書き上げた後、旧構想の中に置き忘れてきた大事なものがあったことに佐藤さとるは気づき、その強い未練から旧構想を捨てることができず、「これはこれでまとめておかなくてはならない」と考えて『てのひら島はどこにある』(1965年)を完成させたのだろう。
理論社・刊の『てのひら島はどこにある』には僕が出会ったオリジナル版(1965年)と今回入手した復刊版(2016年)の間に林静一の挿絵による愛蔵版(1981年)が出版されているのだが、そのあとがきで佐藤さとるは次のように記している。

ほとんど十年を経て、私はこの物語の構成を捨て、あらためて長編を1つ書きました。「だれも知らない小さな国」(講談社)で、基本的には同根の作品だと、私も思います。しかし、私にはまだ渇きに似た思いが残りました。〝てのひら島〟にまつわる物語は、私の心の中から消えていなかったのでした。

名作『だれも知らない小さな国』では影が薄くなってしまった〝当初の本当に描きたかったもの〟が『てのひら島はどこにある』では良い感じで描かれている──当時小学生だった僕はそこに深く感銘を受けたのである。
具体的にそれがどういうものかは【佐藤さとる『てのひら島はどこにある』の思い出】で詳しく述べているのでここでは割愛。

僕にとって感動の一冊となった『てのひら島はどこにある』──当時定価480円だったハードカバーは、大事に保管していて、読み返し用には講談社文庫版などを揃えていた。手軽に読めていた文庫版も、最近では老眼が進んで小さな字を読むのがしんどくなってきた。そんなこともあって、きれいで見やすい復刊版(本体価格1400円)が欲しくなった。挿絵は池田仙三郎──僕が初めて読んだ当時のもので懐かしい。池田仙三郎は佐藤さとるの同人誌「豆の木」時代からの仲間で、旧制中学の同窓(池田が3年先輩)という間柄だったそうだ。
2016年の復刊版も市場では品薄になっているようで、入手できるうちに手もとに置いておかねばと購入した。
この素敵な作品が増刷され、さらに多くの人たちに読まれる機会が増えることを願って、改めて記事にしてみたしだい。

余談だが……物語の中では〝ハナアブに似た女の子〟という設定のおこり虫・プンだが(表紙の右側に描かれているのがプン)、挿絵では(池田仙三郎の絵や、講談社版の村上勉の絵でも)翅が4枚描かれている(アブは双翅目なので翅は2枚)。画家のお二方とも〝昆虫の翅は4枚〟という認識で描かれていたのだろう。


佐藤さとる『てのひら島はどこにある』の思い出
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花火と座敷童子

00花火と座敷童子扉
400字詰原稿用紙で9枚ほどのトリック(?)ショートショート。

01花火と座敷童子A
02花火と座敷童子B
03花火と座敷童子C
04花火と座敷童子D
05花火と座敷童子E
06花火と座敷童子F
07花火と座敷童子G
08花火と座敷童子H
09花火と座敷童子I

福神降臨ざしきわらし召喚アイテム】では座敷童子を利用して金儲けをする話だったが、今回は知らぬ間に座敷童子にお金を抜かれる話。
消えた百円の謎──よく考えれば錯誤であることがわかるはずだが、展開の流れで一瞬〝消えた〟かのように思わせることができたのであれば、してやったりというショートショート。
今回使用した計算の錯覚(錯誤)は僕のアイディアではないが、座敷童子に絡めたネタとして使えると思って【ひとり多い!?座敷童子2題 座敷童子パラドックス小咄】に記している。これをさらにショートショート風に仕立ててみたのが本作である。

何度か記しているが、《顔ぶれが同じなのに1人増えている座敷童子現象》は宮沢賢治の『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』にでてくるエピソード。


「大道(だいどう)めぐり、大道めぐり」
 一生けん命(めい)、こう叫(さけ)びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないでまるくなり、ぐるぐるぐるぐる座敷(ざしき)のなかをまわっていました。
 どの子もみんな、そのうちのお振舞(ふるまい)によばれて来たのです。
 ぐるぐるぐるぐる、まわってあそんでおりました。
 そしたらいつか、十一人になりました。
 ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけおりました。
 そのふえた一人がざしきぼっこなのだぞと、大人が出て来て言いました。
 けれどもだれがふえたのか、とにかくみんな、自分だけは、どうしてもざしきぼっこでないと、一生けん命眼(め)を張(は)って、きちんとすわっておりました。
 こんなのがざしきぼっこです。
 (宮沢賢治・作『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』より)


この謎めいた現象には興味があって、僕自身もこの現象を扱った座敷童子の話(創作)をいくつか書いている。

病院跡の座敷童子
福神降臨ざしきわらし召喚アイテム


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物書きのジレンマなど(創作雑感)

01着想イラスト等

物書きのジレンマなど
作者は自作品の読者になれない!?
一口サイズの読み切り創作作品の一部をブログに公開しているが、今回は創作について思うところを少し記してみることにする。

物語を創ってみたい・小説を書いてみたいと思うきっかけは人によって様々だろう。読んだ作品に感銘を受けて、自分もこんな話を書いてみたいという憧れから創作を始めた人もいれば、既成作品に感銘しつつも「ここは、こうあってほしかった」という思いが強く「自分好みの仕様」を欲する気持ちから自作を始めたという人もいるだろう。あるいは既成作品に対する不満から、自分が満足できる小説の理想を求めてペンをとった人もいるにちがいない。

小説の良いところは(標準装備の頭と)紙とペンがあれば(今ならパソコンが主流なのだろうが)、物語を自由気ままに創ることができることだ。映画づくりでは基本的にスタッフや役者たちの協力が必要となるが、小説であれば作者独りで作品づくりを完結することができる。
物語を自作するということは《自分好みのおもしろい作品を構築する》ということだろう。この《おもしろさ》を測る基準が、僕の場合《読者としての自分》だと言える。《読者としての自分が読んだら、おもしろいと感じるかどうか》という視点である。
《読者としての自分が読んで、満足できる作品を書きたい》──それが創作の動機になるわけだが……しかし、残念なことに、じつは《作者は自分が書き上げた作品の純粋な読者にはなれない(自作品をまっさらな気持ちで読むことができない)》。
書き上げた作品を読み返してみるとき──作者は冒頭の1行を読んだ時点で(というより読む前から)、その後の展開や結末まで、全てがわかっている。苦労して書いた部分や不安がある部分などが、いやでも脳裏によみがえってきてしまう。
映画館で上映作品を鑑賞しているときに、誰かが横から先の展開や結末をバラし始めたら興醒めしてしまう──これと同じ。自分が書いた作品を純粋な気持ちで鑑賞しようとしても、読んでる先のことまで事細かにわかっているのだから、わずらわしいことこの上ない。
作者は《読者としての第一印象》で自作品を読むことができない。

《読者である自分が満足できるような作品》を目指しているのに、作者自身は、《自作品をまっさなら気持ちで読むことができない》──物書きはそんなジレンマを抱えている。
美味しい料理が食べたくて料理作りを始めたのに、自作した料理を味見することができないコック……小説書きのジレンマはそんな悲惨なコックに例えることができるかもしれない。
創作を始めた頃は、書き上げた作品を読み返しても、それがどの程度のものなのか、自己評価するのが難しかった。

難しい自作品の評価をするための《ものさし》作り
「(まっさらな)第一印象」で読むことができない自作品を印象で判断するのは難しい……そこで作品を測る《ものさし》のようなものが必要になってくる。作品を客観的に分析して評価する能力を養うのに大いに役に立ったのが、僕の場合、同好の仲間たちとの意見交換──同人誌や研究会などで行われる作品合評会だった。
合評会では、(客観的に読むことができない)自分の作品が他者にどう読まれているのか──そうした意見が聞けて大いに参考になったが、作品分析力を鍛える上でそれ以上に有益だったのは、むしろ他の人の作品に対する分析・評価の比較だった。自分の作品は冷静に判断することが難しいので、他者からの意見が妥当なものなのかを判断するのが難しい。しかし、他者の作品についてならば「(まっさらな)第一印象」で読むことができるわけで、他の人たちと同じ土俵で作品を論じることができる。同じ作品に対する評価を他の人たちの意見と比べながら、どの評価が適切なのかを考えるようになり、自分の《ものさし》が培われていった気がする。こうして構築された《ものさし》が、自分の作品を判断する手がかりにもなったわけである。

初心者へのアドバイスについて
創作を始めて間もない頃には《ものさし》もできておらず、自分の作品に対して適切な評価をするのが難しい。そこで、客観的に読むことができる立場の同好の仲間・先輩たちの助言が効くわけだが、経験的に注意が必要だと思うことを記しておきたい。

初心者の作品には、欠陥も多めだが──不備な点というのは具体的に指摘しやすいし、指摘された方も理解しやすい。それに対し、長所を褒める時は観念的な指摘になりがちなので、欠点(の修復)に意識が向きがちになる。
初心者は長所も短所もハッキリ自覚できずに書いているものだが、書き上げた作品の短所ばかりが(他者からの指摘で)意識化され、その修復に腐心して改稿したり、あるいは新作に取り組むと、短所は改善されたものの、元々あった長所のあじわいが影をひそめてしまうということが起こりうる。
《ハッキリ自覚できずに書いていた長所と短所》のうち《ハッキリ自覚できずにいた短所》ばかりが意識化されたことで、それをどう取り繕うかということに意識が向いてしまい《ハッキリ自覚できずにいた長所》がないがしろにされてしまうためだ。
物語の価値は、面白さにあるわけで、改稿にしろ新作にしろ《欠点をどうとりつくろうか》というつじつま合わせに心を奪われるより《面白さ(長所)を引き立たせるにはどうすべきか》という視点に立って考えることが大事だと思う。
アドバイスをする側も「わかりやすい欠点」の指摘ばかりでなく「作者がハッキリ自覚していない長所」を意識化させ、それを膨らませる方向の助言を心掛けるべきだろうという気がする。

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橋本忍氏の脚本観
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タロは幽霊探知犬

幽霊探知犬で幽霊探しをすることに……原稿用紙23枚半ほどの《奇妙な話》。

01幽霊探知犬A
02幽霊探知犬B
03幽霊探知犬C
04幽霊探知犬D
05幽霊探知犬E
06幽霊探知犬F
07幽霊探知犬G
08幽霊探知犬H
09幽霊探知犬I
10幽霊探知犬J
11幽霊探知犬K
12幽霊探知犬L
13幽霊探知犬M
14幽霊探知犬N
15幽霊探知犬O
16幽霊探知犬P
17幽霊探知犬Q
18幽霊探知犬R
19幽霊探知犬S
20幽霊探知犬T
21幽霊探知犬U
22幽霊探知犬V
23幽霊探知犬W
24幽霊探知犬X


400字詰(20字×20行)原稿用紙換算で23枚半ほどの作品。
アイディアストーリーによくある珍発明もの(金色の首輪団地さいごの日消えた大発明愛犬家博士 夢の発明など)の1つとして《幽霊探知機》という着想で過去に書いた作品のリメーク。珍発明はアイディアの面白さを手っ取り早く描くには都合が良いアイテムだが、珍発明品が出てきた時点で、非日常的な作品世界のイメージができてしまう。これをもっと日常感覚の次元で演出できないかと考え、まったく新たな設定&新たなストーリーで組み立ててみた。
《幽霊探知機》は実際にそんなものが存在するとは誰も思わないが、「ウチの犬は霊が見える」と主張する年配のご婦人なら、実際にいてもおかしくない……いそうな気がする。



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トンネルの幽霊

トンネルに入ると背後から足音がついてくる……原稿用紙17枚の怖い話(創作児童文学)。

01トンネルの幽霊A
02トンネルの幽霊B
03トンネルの幽霊C
04トンネルの幽霊D
05トンネルの幽霊E
06トンネルの幽霊F
07トンネルの幽霊G
08トンネルの幽霊H
09トンネルの幽霊I
10トンネルの幽霊J
11トンネルの幽霊K
12トンネルの幽霊L
13トンネルの幽霊M
14トンネルの幽霊N
15トンネルの幽霊O
16トンネルの幽霊P
17トンネルの幽霊Q


この着想はだいぶ昔からあって、1度55枚ほどで書いてみたこともあったのだが、書き上げた時点で気に食わず、ろくに読み返すこともなくお蔵入りにしていた。ちゃんと形にしていない着想は色々あるのだが、放置したままでいると忘却に浸食されてしまいかねない……。そこで着想の固定化という意味合いから、とりあえず作品化できるものはしておこうと、改めてまとめてみた。400字詰(20字×20行)原稿用紙換算で17枚弱。もう少し短くまとめたかったのだが、いちおうストレス無く読み切れる長さだろうと判断して投稿することにした。
童話を含む小説は縦書きが馴染む──という僕の好みで、創作文芸作品は縦書きの画像にして投稿している。400字詰原稿用換算枚数がわかりやすいように20字×20行/段の割付を行っているものが多いが、禁則処理で、1行当たりの文字数が多少変わっている箇所もある。



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