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物忘れ…記憶劣化の利点!?

01物忘れ

物忘れも役に立つ!? 記憶劣化の良いところ?
年々《時間の加速感》が増していくと感じる昨今。最近は〝ちょっとした物忘れ〟が増えて《記憶の劣化》を実感することも少なくない。
加齢による《時間の加速感》と《記憶の劣化》は無関係ではないだろう。人生の長さ(ボリューム)を実感する尺度となるのは、その人が意識できる《記憶層》の厚みといえる。年々新たな記憶層が形成されていくから若いうちは《記憶層》は増えて厚みを増していく。蓄積した《記憶層》の厚みは、すなわち人生の厚み──これが増えていくことで《長く生きてきたのだなぁ》という実感が得られる。
ところが老いて《記憶の劣化》が進行してくると、新たに加わる記憶層よりも、《忘却の浸食》によって喪失していく分量の方が勝り《記憶層》は全体として目減りし、薄くなっていく方向に転じる──すると、長く生きているはずなのに主観的には人生のボリュームはどんどん縮小していくことになる……この時間短縮感が《時が経つのが早くなった》という感覚を生む一因となっているのではないか。《記憶の劣化》と《時間の加速感》には、そんな関係もあるのだろうと僕は考えている。

《記憶の劣化》による忘却は嘆かわしい現象だが、良い面もないわけではない!?
物書きのジレンマなど(創作雑感)】で、僕は「作者は自分が書いた作品を(読む前から内容を熟知しているため)新鮮な第一印象で読むことができない」と記しているが、《記憶の劣化》が進んで《熟知していた内容》を忘れていたりすると、昔書いた文書をニュートラルな気持ちで読むことができる。はからずしも〝読者として自分の作品を味わう〟ことができたりすると新鮮な喜びを感じ、何か得をしたような気持ちになる。

このブログも2009年に開設したYahoo!ブログ時代のものを含め、投稿記事の数は1000を超えている(この記事は1037件目)。内容も色々で、自分でどこに何を書いたか、もうよくわからなくなっている。昨今の《記憶の劣化(忘却)》も手伝って(?)新鮮な気持ちで読み返せる記事が増えてきた気がしないでもない。
久しぶりに開く記事は、その内容をすぐに思い出せなくても、自分の興味に基づいて感じたり考えたことを記しているのだから、共感この上ない。僕にとっては説得力があって、とても興味深い。読みながら「もっともだ!」「そうそう、そこなんだよな!」「俺も同じことを考えていたんだよ!」などと激しく同調してしまう。
自分が記したものなのだから、自分が共感するのは当たり前なわけだが、「自分の感じたこと、言いたいこと」をピタリと言い当てている記事には胸がすく思いがするのである。
これが、読みながらその先に書かれていることをしっかり覚えていたのなら、「わかっていることをなぞる」だけで、さして感動はないだろう。1度忘れてから読むことで、新鮮な気持ちで〝他人とは思えない強い共感〟を堪能することができるというわけである。

日常生活の中ではやっかいな〝物忘れ〟ではあるが、ときに自分の書いた作品(記事)を新鮮な気持ちで読み返すことができるようになった──そんな意外な楽しみを感じる今日この頃なのであった。



物書きのジレンマなど(創作雑感)
1000件を越えていたブログ雑感
時間の加速感
時はどんどん加速する
長生きほど人生は短い!?時間の逆転現象
記憶層と忘却の浸食

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便利なブログの不安なところ…

01同人誌&個人誌

昭和世代の同人誌経験者からするとブログと言うツールは画期的だったということはこれまで何度か記してきた。
僕が同人誌活動をしていた頃は、インターネットもワープロ(パソコンの登場で絶滅した?日本語ワードプロセッサ)もまだ無かった。原稿用紙のマスを1文字1文字、手書きで埋めていた時代。自分の文章が活字になることにあこがれがあった。また、個人が不特定多数の人たちに向けて情報発信できるツールなど無かったから、自作品を発表(公開)することに強いあこがれを抱いていた。そこで同人誌や個人誌に作品発表の場を求めたり、出版社などの公募に応募したりすることになるわけだが……同人誌や個人誌を発行するのはなかなか大変だ。苦労して作った同人誌も、そう多くの人に読んでもらえるわけではない……。コンテスト等への応募も大半は落選するわけだから狭き門。運良く入選して出版がかなっても作品が書店に置かれているのはほんの一時だ。読者(閲覧者)がいつでも簡単にアクセスできる《場》に継続的に作品を公開しておけるブログは、夢のようなツールと言える。

僕は個人誌の延長のような感覚でブログを利用してきた。画像や動画も自由に添付できるので、紙媒体よりもずっと使い勝手が良い。とりあげてきたテーマには統一性がないが、自分の興味のあるもの(自分がおもしろがれるもの)を取り上げているので、たまに読み返してみると(当然ながら自分には)とてもおもしろい。

手軽に利用できるブログは多くの可能性を感じさせる便利なツールだ。ただ、ひとつ大きな問題(懸念)をあげるとすれば、《サービスの終了》だろう。同人誌や個人誌など(紙媒体)は廃刊になっても発行した号(掲載誌)は残るが、ブログはサービスが終了すると、それまで蓄積してきた記事が消滅してしまう。僕もこれまでにfreemlやYahoo!ブログなどで《サービスの終了》を経験してきた。
その時点でブログ主が健在ならば他のブログへの移行なども可能だろう(このFC2ブログにはYahoo!ブログから移行してきた)。しかし、故人となった人のブログは引き継がれることなくネット上から消滅してしまう……これは寂しいし、もったいないことだ。企業が運営するブログサービスにも寿命があると考えると、便利なブログにも儚い一面があるのかもしれない。



同人誌回顧録(freemlから)
Yahoo!ブログの可能性
ブログの考え方〜個人誌感覚でチャンネルF+
ブログ引っ越し騒動:ひと区切りついて
沈みゆくYahoo!ブログの記録
昭和世代のインターネット雑感
1000件を越えていたブログ雑感
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謹賀新年2021丑年

01賀状2021丑年イラスト
元旦恒例の年賀ブログもYahoo!ブログ時代のものから数えると、十二支がちょうど一回りしたことになる。正月がくるのが年々早まっている感じがしてならない昨今──時間の加速感は増すばかり。記憶層の浸食も進んでいるようだ……。
今年は丑(うし)年なので、これにちなんで和名にウシのつく昆虫──ウシカメムシの幼虫もひっぱりだしてみた。仮面をかぶった顔のようにも見える。
02ウシカメムシ幼虫仮面
カメムシには顔や仮面に見えるものが少なくないのだが……カメムシが仮面をはずすと牛になることはご存知だろうか?
03カメムシ文字考
……ということは「うし」年は角を立てなければ「うま」くいく年!?
ウシのように、おおらかに歩くか……。


◎過去の年賀記事
2010・とら年2011・うさぎ年2012・たつ年2013・へび年2014・うま年2015・ひつじ年2016・さる年2017・とり年2018・いぬ年2019・いのしし年2020・ねずみ年

時間の加速感
時はどんどん加速する
長生きほど人生は短い!?時間の逆転現象
記憶層と忘却の浸食
年賀状について
年賀状雑感
エッセイ・雑記 〜メニュー〜
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1000件を越えていたブログ雑感

■ブログ記事が1000件を越えていた
FC2ブログでは投稿した記事のURLに通し番号が振られている。(←これを見ると)いつのまにかこのブログ《チャンネルF+》の記事件数は1000を越えていた。
このブログは2019年にサービスを終了したYahoo!ブログから移行してきたもので、2019年4月5日にインポートを完了した記事の数は892件だった。その後FC2ブログで投稿し続けて、この記事は1019件目にあたる。
ブログの考え方は人それぞれだろうが、僕は自分の感じたり考えたことあるいは創作作品などを記録&整理するツールとして利用してきた。テーマを決めて始めたブログではなく、ブログというツールでどんなことができるのか──その都度、興味のおもむくままに試しながら記してきたわけだが、その記事が1000を越えることになるとは当初想像していなかった。個人的な興味から投稿した記事には色々なジャンルが混在している。
01千件越え雑感ブログ
テーマを限定せずにその時々で興味を覚えたものを取り上げていくやり方は、以前つづっていた個人誌と同じだが、ブログというツールの可能性は個人誌をはるかに超えるものだった。
カラー写真をふんだんに使用できることや、紙媒体では不可能だった映像(動画)を添付できることなど、表現の幅はだいぶ広がった。利点が増えただけではなく、同人誌や個人誌づくりではネックとなりがちな労力や資金の負担はブログでは格段に軽減した(制作発行経費は0!)。そして画期的だったのが、インターネットという〝誰もが閲覧できる《場》〟にたやすく〝公開〟できるということだった。同人誌や個人誌は苦労して発行しても、それが届く相手はごく限られていた。インターネットが普及する以前は、個人が世間一般に向けて発信するツールなど無く、不特定多数の人がアクセスできる《場》はマスメディアしかなかったからだ。だからブログを使い始めた頃は、すごい時代になったものだと感心しきりだった(【Yahoo!ブログの可能性】※Yahoo!ブログ時代に記した記事)。
同人誌を作っていた頃は、どんな作品を描いているのたずねられると、そのつど紙媒体で送ったりしていたが、今はブログで〝誰もが閲覧できる《場》〟にあげておけば、URLを知らせるだけで見てもらうことができるので便利だ。それで簡単に読み切れる短めのサンプル作品をみつくろってブログにまとめてたりもしている。


創作童話・ショートショート・漫画メニュー

ブログでは画像が簡単に掲載できることもあって増えたのが昆虫関連の記事だった。僕が積極的に身のまわりの昆虫を見るようになったのはインターネットが普及しはじめた頃で、昆虫を調べるのにインターネットをよく利用した。そのうちに、いつも恩恵を受けるばかりでは心苦しいと感じるようになり、ふだん活用しおせわになっているネット情報の充実に僕自身も貢献すべく、観察や考察の情報を還元したいと考えるようになった。僕がネット情報で重宝したように、僕の記事も誰かにとって意味のある情報であればと願っている。
愛用していたデジカメが壊れてからは昆虫に関する記事は減ったが、デジカメを持ち歩いていたときは昆虫を見かければ撮っていたので似たような内容の記事が増え、煩雑化が気になっていた……。整理のために主だったところをトップページでも抜粋しているのだが、ここであらためて、特に自分なりに印象深かった記事を思いつくままに挙げてみると……、

謎の幼虫大群:ケバエ
これは僕が身近な昆虫を積極的に見るようになり虫屋さんたちが集う昆虫フォーラムに出入りするきっかけとなった虫なので印象深い。幼虫の群れは毎シーズン初めて目にした人に激しいインパクトを与え──そんなブログも散見するが、今年もそろそろ出現の時期である。

紫のピカチュウ!?ウラギンシジミ幼虫の線香花火
チョウの写真を紹介しているブログは多い。ウラギンシジミもその常連だが、紹介されているのはもっぱら成虫ばかり。その幼虫にはとてもユニークな器官がある──その《線香花火》を知らずに初めて見た時は驚いた。僕にとっては成虫よりも幼虫の方が格段に注目度が高いチョウ。

眼を隠すシロコブゾウムシ
昆虫にはまぶたがない。だから「目を閉じる」ことなどではないはずなのに、そう見えて、とても驚いたことがある。その理由を素人なりに考察。シロコブゾウムシはよく見かける虫だが、見るたびに当時の「驚き」を思い起こす。

エゴヒゲナガゾウムシ:オスの眼はなぜ離れてる!?
エゴヒゲナガゾウムシ(ウシヅラヒゲナガゾウムシ)はオスとメスで顔(頭部)に大きな違いがある。オスの眼は左右に大きく離れている──観察から推察したその理由など。

切られた触角の謎〜《ひげ噛み行動》考
ヒラタシデムシの仲間のユニークな《ひげ噛み行動》についての観察と考察&予想!?

《カブトムシの角は矛盾だった》のか?
テレビのニュースなどでも報じられ、信じられている(?)カブトムシ♂のツノのジレンマについて、個人的に大いに疑問に思うこと。

宝石蜂セイボウ:輝きの秘密と生活史考
金属光沢が美しいハチ──ヤマトタマムシとはまた違ったきらめきの構造と、多くが狩り蜂に寄生するという背生活史についての素人推理。

メタリックな美麗昆虫10種
アカガネサルハムシやタマムシなど金属光沢が美しい、身近な美麗昆虫。

カギバラバチ:大量微小卵のナゼ?
二重寄生をするふしぎな生活史をもつカギバラバチ誕生の素人考察。

アカエグリバ&ヒメエグリバの枯葉擬態
カムフラージュする昆虫というと熱帯地方のものを思い浮かべがちだが、身のまわりにも(日本にも)完成度の高い隠蔽擬態をする虫がいる。枯葉以上に枯葉チックな進化の芸(?)は、賞讃に値すると思うのだが……。

フユシャクの婚礼ダンス
クロスジフユエダシャクはなぜ隠れて交尾するのか
意外な翅の役割り!?クロスジフユエダシャク
オスとメスでは全く姿が異なる冬に現われるユニークな蛾──フユシャク。昼行性のクロスジフユエダシャクの興味深い《婚礼ダンス》の観察。

ニホントビナナフシの雌雄モザイク
ニホントビナナフシ東京でも両性生殖
黄色いトビナナフシ
ニホントビナナフシの珍しい記録。

ヤニサシガメのベタベタは分泌物なのか松ヤニなのか?
ヤニサシガメに関する素朴な疑問のため、飼育観察してみたのだが……。

カメムシの奇行!?抜け殻落としプチまとめ
羽化後あるいは脱皮後のカメムシの不思議な行動に気づき、観察&考察してみたもの。

珍虫ハリサシガメの観察❲総集編❳
幼虫時代に擬装する珍しいハリサシガメの野外観察&考察をまとめた記事。

コノハムシ〜卵から成虫まで〜
擬態昆虫として知られているコノハムシの飼育観察。

──と、こんなところが思い浮かぶ。
これは昆虫記事のごく一部だが、これらは紙媒体の個人誌だったら、なかっただろう。インターネットがあったから色々調べることもでき、ブログというツールがあったから記事にまとめようという気になった。
何か展望があって始めたブログではなかったが、振り返ってみれば感慨のようなものがなくもない……。


◎チャンネルF+〜抜粋メニュー〜➡トップページ

昭和世代のインターネット雑感

インターネット革命!? 昭和世代の雑感
少し前に【昆虫画像:ブログからテレビへ】の中で、インターネット時代に入って、昆虫写真家が商売として成立しにくくなったのではないか……ということを記したが、こうした変化は、昆虫写真家に限ったことではないだろう。
インターネットの登場&普及によって、世界は大きく変わった気がする。
ブログやSNSなどの個人発信ツールがなかった時代──人々はマスメディアが発信する情報を一方的に受け取るしかできなかった。それが〝あたりまえ〟だった昭和世代からすると、個人が大衆に向けて(不特定多数の人たちがアクセスできる場に)情報発信できるツールを〝あたりまえ〟のように使いこなす今の世界は、まるで《おとぎばなし》のような気さえする。
インターネットの以前と以後では、育った世代の世界観にも格差があるのではあるまいか……。

テレビ(元締め)と視聴者(消費者)
昔──インターネット以前は、一般の人たち(消費者)がアクセスできる共有情報といえば、一部の商業メディアが発信するコンテンツに限られていた。だからそこに需要が集中し、商売が成立した……。
テレビがいい例だろう。家庭で視聴できる映像コンテンツは数局のテレビ局が放送している番組だけ。選択肢(チャンネル)が限られていたから視聴者が集中する。だから宣伝効果も高く、そこに利益も集中する。

かつては一般の視聴者が目にすることができる映像作品はテレビ局や映画会社などの大手メディアが制作した商品ばかりだった。そんな時代に、アマチュアが作った映像作品を紹介するテレビ番組──平成名物TV《三宅裕司のえびぞり巨匠天国》というのがあった。僕もひょんなことから出たことが1度だけあったのだが、当時はYouTubeなどまだ存在しておらず、自主制作作品を視聴できるというのが、なんだか珍しく、新鮮だった。
01えびぞり巨匠天国出演
一般向けに映像を記録する機材としては以前から8ミリフィルムやホームビデオなどがあったのだが、利用目的の多くは子どもの成長や家族内イベントを記録するプライベートなものだったように思う。こうした機材を使って自主制作映画を撮るサークルもあるにはあったが、小規模の上映会で集まるのは同じ趣味を持つ関係者がほとんどだったのではなかろうか。
《えび天》で採用された僕の【ミラクル☆スター】も実は数人の友人に見せることを想定して試作した内輪ウケ狙いのビデオ作品だった。この編集をしていたとき、たまたま《えびぞり巨匠天国》の第1回放送を目にし、気まぐれに投稿してみたところ、意外にもあっけなく採用の連絡がきたので驚いた。本来なら人手がかかりがちな実写ヒーロー・アクションを〝1人で撮った〟というチープなつくりが面白いと評価されたのだろう。一部の知人らに見せるつもりで作った映像がテレビ番組で放送されたのは、我ながら思わぬ展開だった。

今なら個人やアマチュアサークルが制作した映像作品であってもYouTubeなどで配信(公開)できるし、それを視聴することもできる。YouTubeには無数の動画があふれ返っている。個人が簡単に動画を公開でき、それを簡単に視聴できるのが〝あたりまえ〟となった昨今──今の世代で育った人には《えびぞり巨匠天国》の新鮮さは、ピンとこないだろう……。
インターネットが普及し、YouTubeなど動画サイトの登場によって、映像市場は、もはや大手メディアの独擅場ではなくなった。今や一人一人が放送局!?──テレビ局が広告収入やペイパービューで経営しているように、個人発信のユーチューバーが、広告収入や有料チャンネルによって商売として成立しうる世の中になった。これは昭和世代からすると驚くべきことだ。

文芸作品と出版業界
映像作品ばかりではなく、文芸作品についても似たようなことが言えるだろう。
物語を「書く(創作する)」のは紙(原稿用紙)とペンがあれば誰にでもできる──資本もかからず独りでできる、とっつきやすい芸術活動といえるだろう。だから多くの人が趣味として「書く」ことをしていた。
しかし、アマチュアが書いた作品を不特定多数の人たちに向けて発表する場となると、昔(インターネット以前)は、ほとんどなかった。一般の人がアクセスできる文芸作品は書籍や雑誌・新聞などのマスメディア商品に限られていたからだ。
とは言っても、書きあげた作品が読まれることを望むのはプロもアマチュアも同じ。読者を想定して(読まれることを前提に)書かれるのが文芸作品である。今ではブログなどで気軽に作品を公開できるが、その手段がなかった頃は、同人誌を作ったり自費出版に夢を託すというのが常套(じょうとう)だった。もちろんその発行部数などたかが知れている。知人や同じ趣味を持つ一部の関係者の手に渡るていどで、アマチュアの作品が不特定多数の読者の目に触れる機会は皆無に等しかった。

そこで、アマチュア作家は出版社や新聞社が公募するコンテストに挑戦することになる。狙いは賞金よりも書籍化あるいは雑誌や新聞などに掲載されること──そう考えていた応募者も多かったはずだ。賞金や印税などいらないから──逆に金を払ってでも商業出版したいという人も少なからずいた。
このニーズ──「出費してでも自分の本を流通ルートに載せたい」というアマチュア作家の憧れにつけ込んだ自費出版トラブルが社会問題になったこともある。

本来であれば出版社が出資して作品を商品(書籍)化&販売し、原稿料なり印税などの報酬を著者に支払う。出版社は商売になると判断した作品に投資をすることになるわけだから、書店に並ぶ(流通に乗る)作品は、それなりの価値が認められたものだということができるだろう。
問題(トラブル)になったのは、「共同出版」と呼ばれる形態の自費出版で、本の制作費を著者が払えば、全国の書店への宣伝・販売を出版社が行うというもの。自分の書いた作品が本になり〝全国の書店に並ぶ〟ことに魅力を感じて契約した著者が、実態はそうではなかったことに気づき、集団提訴したことがテレビでもくり返し報道されていたことがあった。
その内容は確かにひどく、出版社が仕掛けた文学賞コンテストの応募者に片っ端から電話をかけ、(原稿などろくに読みもせずに)マニュアル化されたセールストークで、作品を褒めそやし「共同出版」をもちかけるということをしていたらしい。そして「全国の書店に自分の本が並ぶ」ことを期待している著者に〝そう誤解させて契約を結ぶ〟という営業を展開してきたという。
こういう詐欺的手法が横行するほど「全国の書店に自分の本が並ぶ」というのはアマチュア作家にとって《あこがれ》だったのだ。個人で作品を世間に広く発信(発表)するツール(場)が無かった時代だっただけに、《広く一般に向けて発表(発信)できる場》を多くのアマチュア作家は渇望していた。
アマチュア作家の同人誌活動は悲喜こもごも……僕にも経験があるし、『文学賞殺人事件 大いなる助走』なんて邦画を思い出したりする……。

同人誌や自費出版にはもちろんそれなりの意味があるはずだが、そこが目指す最終地点だと考える書き手はまずいないだろう。自分の本が書店に並ぶことに憧れるアマチュア作家たちは、新人賞などの公募にチャレンジする……しかし苦労して作品を書き上げ応募しても、入賞のハードルは高い。数からいえば、ほとんどの者は落選することになる。
たとえ狭き門をくぐり抜けて出版がかなったとしても、それで安泰というわけにはいかない。発行部数からいっても、全国の書店すべてに本がいきわたるわけではないし、また書店に並べられたとしても、そこで売れるまで書棚スペースを確保できるわけでもない。雑誌に掲載された作品なら、次の号が出るまでの命(掲載誌が店頭に置かれている期間は短い)だし、書籍であっても買い手がつく前に返品されることも多い。

書店としては書棚には新刊や売れ筋の本を揃えておかなくては商売が成り立たない。書店は取次店(問屋/流通機構)から本を入荷し、売れなかった本は返品できるシステム(再販制度)をとっている。新刊や売れ筋本を置くための棚スペースや入荷資金を確保するには返品が不可欠で、入荷した本の何割かは読者の手に渡ることなく返品されてしまうというのが実態だ。2020年7月の書籍の返品率は40.2%(@出版状況クロニクル)だったそうだ。
そんなわけで自分の作品を商業出版することが、たとえかなったとしても、「全国の書店に並ぶ」のはほんの一時期にすぎない。あとで「あなたが書いた作品を読んでみたい」という奇特な人が現われても、その時には在庫が無かったりする。著名な作家の作品でさえ、絶版となっているタイトルは少なくない。書籍化は《いつでもアクセスできるツール》ではないのだ。

ところが、今はブログなどで公開しておけば、「作品を読んでみたい」という人が現われた場合、URLを伝えるだけで、いつでもどこからでも容易く無料で(設定にもよるのだろうが)読んでもらうことができる。なんとも便利な世の中になったものである。
「金儲け目的で書いているのではないアマチュア作家」にとって《公開の場》をたやすく手に入れることができる状況は歓迎できるものだろう。昔の同人誌活動を経験している者からすれば《夢のような時代》といってもいいだろう。

もちろん注目の集まる文学賞にチャレンジするアマチュア作家は今でも多いのだろうが、インターネット以前のような〝渇望感〟はないのではないか?
商業出版の発行部数は昔に比べてだいぶ減っているようだし、ネット上に作品を置いておく方が閲覧数を稼げる(読者の目にとまる機会が増える)といったケースだってあるだろう。
YouTubeで稼げるようになったユーチューバーと同じように、ブログでも収入を得られる仕組みができているようだ。電子出版という選択肢もあるらしい。
誰でも簡単に個人発信ができる時代になり、それが商売として成立しうるようになったというのは《(作品の)発表やアクセスの選択肢が増えた》という意味では好ましいことだろう。しかしその一方で、文芸の世界でもマスメディアの独擅場がくずれたことで、既存の版元や職業作家の商売が成り立ちにくくなっているような気もする。

虫屋気質とインターネット!?
ちょっと次元の違う話かもしれないが……おそらく虫屋さんらの業界(?)でもインターネット以降、変化があるのではあるまいか?

虫屋でない僕は『月刊むし』という雑誌があることを長い間知らなかった。しかし虫屋さんの多くが購読しているらしく、これを「虫屋の納税」に例える人もいる。インターネットが無かった時代に個人で活動している虫屋さんが昆虫情報を得ようとすれば、おのずと『月刊むし』や昆虫機関誌にたどり着く──こうした昆虫メディアに引き寄せられた虫屋さんたちは、そこで情報交換し、同じ認識を共有するようになる。そして『月刊むし』や昆虫機関誌を同郷とする同胞意識のようなものが芽生え《虫屋気質》を形勢していったのではないか……そんなふうに僕は想像している。

僕が某昆虫フォーラムに出入りするようになって虫屋さんたちと知り合った頃、僕は虫屋さんとの間には高い敷居──境界線のようなものがあると感じ、その感覚は現在も続いている。僕は「こちら側」の人間だが、虫屋さんは「あちら側」という感覚である(あくまでも僕の個人的イメージ)。昆虫に対して興味を抱くところは一緒だし、共感する部分も多いのだが、どこか本質的に違うところがある……この差──いってみれば《虫屋気質》の有無は、ひとつには『月刊むし』や昆虫機関誌などで育ったか否か──育ちの差(?)が関係しているのかも知れないと考えるようになった。
僕は納税義務を果たしている虫屋ではないので、「こちら側」の人間として虫見をし、感じたり考えたり観察したことを「こちら側」の人にわかるようにまとめていこうというのが、当初からの《虫見スタンス》だった。これができたのはインターネットが存在し、SNSやブログなどのツールが利用できたからだ。僕が虫見を始めたのはインターネットが普及し始めた頃で、だから正体不明の虫について某昆虫フォーラムで尋ねることができ、インターネットで昆虫のことを調べたり、観察した内容をブログにまとめることもできたわけだ。

もし《虫屋気質》──虫屋の境界線が『月刊むし』や学会機関誌などの昆虫メディアに由来するものであったとしたなら……インターネットで昆虫情報を収集したり個人の知見を発信(発表)できるようになった昨今、若い虫好き世代の〝昆虫メディアへの凝集力〟は弱まってきていることも考えられる。であるなら、《虫屋の境界線》は弱まり、《虫屋気質》も変わってきているのかもしれない……というのは虫屋ではない僕の根拠の無い想像なのだが、はたして実態はどうなのであろうか……。



昆虫画像:ブログからテレビへ
『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』と出演覚書
ミラクル☆スター〜実写版〜 ※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
同人誌回顧録
久しぶりの『文学賞殺人事件 大いなる助走』
Yahoo!ブログの可能性 ※Yahoo!ブログ時代に記したブログ観
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