FC2ブログ

ユーザータグ : フェレットの記事 (1/5)

FC2ブログ版〜抜粋メニュー〜

チャンネルF抜粋目次画
〜抜粋メニュー〜 ※タイトルをクリックすると記事が開きます
★インディーズヒーロー
ミラクル☆スター〜実写版〜※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
ミラクル☆キッド〜実写版〜※小学2年のスーパーヒーロー誕生
ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯
自作ヒーロー:型紙マスクの作り方
幻のインディーズヒーロー・アクション※『ミラクル☆スター2』の絵コンテ
ヒーロー的宙返り
インディーズ&ローカルヒーロー目次

★フェレット漫画『ふぇレッツ・ゴー』※カラー加筆復刻版
しっぽの役割:編(尾の役割&しっぽ振りの意味)
超魔術イタチ:編(&動画【超魔術イタチ】/ケバエ幼虫との遭遇)
グランジ目線で散歩:編(&グランジが散歩した距離/動画【快走!散歩派フェレット】)
イタチと迷信!?:編(イタチは不吉!?)
ニオイでほんろう:編(最後っ屁対決!?/【イタチのさいごっぺ】について)
すっげ〜:編(最大のハプニング!?)
忍者イタチ:編(&忍者イタチ動画)
『フェレットinジャケット』(フェレット漫画第1作)
ハムスペ新人まんが大賞受賞作:編
『フェレットのいる風景』
イタチmeets猫(実写4コマ)
散歩派フェレット・プチアルバム
漫画メニュー頁

★小動物★
カメのヘソ!?ヘビの抜け殻&アオダイショウ幼蛇幼蛇と成体・模様が異なる理由:アオダイショウ親とは似てないシマヘビ幼蛇ヒバカリ(ヘビ)の飼育プチ記録ヒバカリ幼蛇の捕食サファイア・ブルーなヒガシニホントカゲ幼体トカゲの尾は何度も切れる!?穴を掘るヒガシニホントカゲ/★小動物など〜メニュー〜

★昆虫★
カマキリの卵のうと積雪の関係謎の幼虫大群:ケバエ怪獣のような幼虫!?葉上のドラゴン:ウコンカギバ幼虫紫のピカチュウ!?ウラギンシジミ幼虫の線香花火金色に輝くジュエリー昆虫虹色の輝き!アカガネサルハムシ黄金色のコガネムシ宝石昆虫タマムシ・玉虫の金蔵とは!?エメラルドを隠し持つムツボシタマムシ輝くアオマダラタマムシと銀の蛾シブく輝くウバタマムシ他牙付きマツトビゾウムシ牙付きクチブトゾウムシ眼を隠すシロコブゾウムシエゴヒゲナガゾウムシ:オスの眼はなぜ離れてる!?切られた触角の謎〜《ひげ噛み行動》考カブトムシ《ツノのジレンマ》!?TokyoToraカミキリ@東京ヨコヤマトラカミキリの模様変化する模様!?キマダラミヤマカミキリ他変化する輝き!?アカアシオオアオカミキリ@葉トラフカミキリの印象擬態冬の極小カミキリ登場可愛い悪役!?ルリカミキリの産卵ゴマダラカミキリに思う…ニホントビナナフシの雌雄モザイクニホントビナナフシ東京でも両性生殖黄色いトビナナフシ宝石の輝き!イラガセイボウカギバラバチ:大量微小卵のナゼ?刺さない蜂!?ライポン昆虫のギミック&トリックセミヤドリガの羽化スーパーヒロイン模様の虫ノコメエダシャクはなぜ傾いでとまるのか?フユシャクの婚礼ダンスクロスジフユエダシャクはなぜ隠れて交尾するのか意外な翅の役割り!?クロスジフユエダシャク美麗蛾ウンモンスズメ他クモ擬態のオーロラハマキ!?木片そっくりの蛾ヒメエグリバのトリックアートアカエグリバ&ヒメエグリバの枯葉擬態眼状紋と眼隠蔽模様マエムキダマシ!?クロスジホソサジヨコバイは誰を騙すのか?ミミズクのダンステングスケバ天狗の鼻は何のため?青リンゴの香り:キバラヘリカメムシオオトビサシガメのバナナ臭ヤニサシガメのベタベタは分泌物なのか松ヤニなのか?キマダラカメムシの臭腺開口部ツノカメムシの異種ペアハート紋のモンキツノカメムシ&…アカスジキンカメムシぷち実験で輝き復活カメムシの奇行!?抜け殻落としプチまとめハリサシガメぷちまとめ2ぷち地蔵なアカシマサシガメ立冬すぎのアブラゼミ!/★昆虫など目次
コノハムシ〜卵から成虫まで〜葉に化ける工夫偽瞳孔脚の再生脱皮羽化コノハムシ漫画

★読み切り童話・短編・ショートショート&イラスト★

★エッセイ・雑記★
子どもはなぜヒーローが好きかバケツからの生還総括なき多鑑賞最近のテレビ番組に思うこと実録バイクアクション!?クリスマスの思ひで僕は宇宙の常識人!?ハートに乾π・面積の思ひで幻と消えた大発明・永久機関の夢時間の加速感Yahoo!ブログの可能性人はなぜ宝くじを買うのか人はなぜ《霊》を感じるのかテレビが終わる日空耳ならぬ空目アワー「ら抜き言葉」についてつれづれに夢の話スポーツ指導わかる気がしないでもない「しゃべらぬ若者」雨でも傘は濡らさないダンゴムシの心?こども心にひっかかった《ひろすけ童話》の【善意】『昆虫はすごい』スゴイのだけど…髪はなぜ伸び続けるのか?ヒトはどうして眠るのか?~ロボットの反乱&自意識の覚醒点と線…テンで理解できまセンうつろう記憶媒体〜失われし記憶ハ痛イ〜語彙と表現力読書中の内なる声!?ドラゴンを折って昆虫進化の奇跡を思う昆虫の何に魅かれるのか?時はどんどん加速する長生きほど人生は短い!?時間の逆転現象考えるマーライオン『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』通称『えび天』出演覚書ブログ以前〜個人誌的ブログ:チャンネルFブログ引っ越し騒動:ひと区切りついて実録『怪喜!笑い袋爺』《かわいさ》は赤ちゃんの武器!?/★エッセイ・雑記の目次/★作品評・感想など(映画・本)〜目次〜/★エアポケット幻想
【冗区(ジョーク)】〜メニュー〜

※2019年12月に終了するYahoo!ブログから移行してきたため、まだリンクの整理がしきれていところがあるかもしれません。
スポンサーサイト



糞の手紙!?〜イタチの粗相考

『いたちの手紙』と『いたちのてがみ』
01鼬の手紙&てがみ
前回《いたちの魔かけ》で、童話『いたちの手紙』に触れたが、良く似たタイトルで『いたちのてがみ』という別の児童書があることを最近知った。題名の読みは同じだが、「てがみ」の表記に漢字とひらがなの違いがある。両方の作品をあらためてまとめてみると──、

『いたちの手紙』は佐藤さとる・作/村上勉・絵の児童文学。1973年に講談社から単行本として出版され、『佐藤さとるファンタジー童話集③おばあさんの飛行機』(講談社文庫/1976年)、『佐藤さとるファンタジー全集⑫いたちの手紙』(講談社/1982年*2011年復刻)に収録されている(※1972〜1974年に刊行された『佐藤さとる全集』(全12巻/講談社)には収録されていない)。
子どものリアルな日常を舞台とする実在感のあるファンタジー作品で、内容を簡単に記すと……小学生のアキラがちょっと変わった封書(これが《いたちの手紙》)を拾ったことから物語が始まる。封書の裏(差出人欄)には幼い字で「いたちくぼのいたち」と記されていた。投函前の手紙だったことから、アキラはこの手紙をポストに入れるが、そのあと謎の手紙のことが気になってくる。「いたちくぼ」と呼ばれる場所が近くにあることを知ったアキラはそこへでかけ、初めてイタチと出会って《いたちの魔かけ》を体験することになる(これにかかるとイタチと会話することができる──というのがこの作品のファンタジー・ルール)。やはり《いたちの魔かけ》がかかる小1のカオリとの出会いがあり、《魔かけ》の秘密&なぜ、イタチが手紙(カオリが代筆)を出すことになったかなどの《謎》がだんだんと解けていく──。いたちくぼに独りっきりになったイタチがよその地域で同じ状況下にあるイタチを嫁にとる話なのだが、アキラの視点で展開する物語には、謎解き的なあじわいもあって、おもしろい作品だった。

タイトルがオールひらがなの『いたちのてがみ』は、こしだミカ・作の絵本。月刊予約絵本「こどものとも年少版」通巻404号/福音館書店/2010年。版元のサイトには「読んであげるなら:2才から」とあり、文章は少なめで絵のうったえるところが大きい。力強く躍動感あふれる個性的な絵に魅力を感じた。
内容は、おばあちゃんの家(古い木造家屋)にひっこしてきた女の子が、屋根裏に住み着いているイタチに興味を示す。女の子が初めてイタチをみた場所にチーズを置くと、翌日、チーズは消えてかわりにイタチの糞が残されていた。その形が文字(ひらがなの「つ」)にみえ、女の子はそれを「いたちの手紙」ではないだろうかと考えてイタチに手紙を書くというもの。


糞の置き手紙&ため糞のSNS!?
イタチが残していった糞を「てがみ」に例えた『いたちのてがみ』に対するネット上の反響には「イタチの糞を手紙だと思うという発想に意外性があっておもしろい」というような感想もあった。たしかに──しかし、イタチを含む動物の糞や尿には仲間とのコミュニケーション・ツールとしての意味もある(マーキングに使われる)ので、糞を「手紙」とみることは、あながち飛躍した解釈ではない。動物の糞には、何を食べていたのかとか健康状態などを示す情報も含まれているので、その主のことを知る大事な手がかりになったりもする。
人間から見ればただの排泄物だが、糞は動物にとって、その主のことを示す色々な情報が記されている……そういった意味では置き手紙といえなくもない。人間の手紙には「言葉の壁」があって文字が読める相手にしか伝わらないけれど、文字のかわりにニオイを用いた動物の「置き手紙」は、種類の壁を超えてあるていど「読むことができる」汎用性の高いコミュニケーション・ツールといえるかもしれない。
僕がかつて飼っていたフェレットは散歩中にタヌキのため糞に引きよせられたことがある。タヌキには複数の個体が同じ特定の場所に糞をする「ため糞」の習性があって、互いの情報交換の役割りをはたしているという。単発の「糞」が「置き手紙」なら「ため糞」は「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」といったところだろうか。
フェレットの散歩では、糞にかぎらず、ニオイによる書き込みの「掲示板」があちこちにあることが感じられた。

02鼬漫画目線SP再
『ふぇレッツ・ゴー』グランジ目線で散歩:編より⬆
去勢していないノーマル・フェレット♂・グランジによるマーキング⬇

※枝をまたぐようにして尿をつけている。

イタチの糞:フェレットの粗相考
イタチの糞はただの排泄物ではない!?──という実感は、以前フェレット(家畜化されたイタチ科の動物)を飼っていた時に実感していた。

僕が飼っていたフェレットは基本的にはトイレを設置した場所で用を足していた。
ところが室内で遊ばせているとき、何かの拍子に(?)部屋の隅でしてしまうことが、たま〜にあった。人間からみれば「粗相」ということになる。
フェレットフードの効果なのか……フェレットの糞は意外なほど臭くない。猫や犬の糞に比べたら全然余裕(?)なのだが、それでもソレを室内に放置しておくわけにはいかない。トイレ以外の場所でやってしまった時は、もちろんすかさず回収するのだが、きれいに拭き取ったつもりでもニオイがわずかに残っているのだろう、一度粗相をすると、連日続けざまに同じところでする傾向があった。
一度粗相をすると繰り返す可能性があるので、そんな時にはちょっと「困った」ものだ。

ところで、フェレット好きの人であっても、トイレ以外の場所で「粗相」をされると怒る人は少なからずいるらしい。僕は粗相で怒ったことはない。僕が「困る」のは粗相をされたからではなく、その始末をするさい、フェレットに対して、ちょっと後ろめたさを感じてしまうからだ。

「粗相」というのは人間側が言うことであって、実際のところ、フェレットは「うっかり、そこでしてしまった」わけではない。フェレットなりの理由があって、わざわざそこを選んで糞をおいたと考えるのが正しい。
それが証拠に(?)したばかりの糞を撤去するとき、フェレットは申し訳なさそうな顔をしてはいない。
「俺がせっかくここにしたのに……。したそばから、どうしてわざわざ撤去するかなぁ」と、ちょっと非難めいたまなざしで見上げていたりする。フェレットのヒンシュクを感じてしまい、糞の撤去には後ろめたさがつきまとうのである。

『小動物ビギナーズガイド フェレット』(大野瑞絵・著/誠文堂新光社・刊)には、靴の中に糞をされたというエピソードが紹介されており、笑ってしまったが……ありそうなことだ。知人のフェレットでは足拭きマットでニオイつけをするコがいた。また、フェレットには靴下好きなコが多い──これらはニオイに反応してのことだろう。

いわゆる「粗相」──トイレ以外のところでする排せつには「飼い主(仲間?)のニオイのあるところには自分のニオイも仲間入りさせておきたい」というような社交的な(?)自己主張の意味があるのではないかと僕は考えている(排他的な縄張りマーキングの逆)。
飼い主のニオイのあるところに自分もニオイ参加する……これはSNSへの書き込みや、飼い主のニオイに応じたコメントみたいなものではなかろうか? それをいきなり削除したりブロックしたら、好意を持ってニオイ書き込みをしたフェレットに対してかなり失礼なのではないか……糞の撤去やニオイ防止措置は、着信拒否のような行為ではないかという気がしないでもない。
しかし結局そこは人間の都合で撤去してしまう事になるわけなのだが……僕としては、やはり、ちょっと心苦しい。

家畜の歴史の長い犬は飼い主の顔色を読んで「粗相」をするとしゅんとするらしい(腹いせに「粗相」をすることもあるらしい?)。それを卑屈といってはかわいそうだが、僕は粗相をしても撤去する人間に対して、堂々と「なんだかなぁ」と不満げなまなざしで見上げるフェレットの方が好きなのである。

ちなみに、フェレットの本当の意味での「粗相」とは……愛鼬と一緒にお風呂に入ったら、湯船の中にぷっかり……コレであろう。
ちなみに、これは聞いたよくある話。僕の体験談ではないので、誤解なきように。


(※最後の項目「フェレットの粗相考」は、Yahoo!ブログを始める以前にfreemlに書いていた日記に加筆したもの。freemlもYahoo!ブログ同様、今年の12月で終了する)


エッセイ・雑記 〜メニュー〜
作品評・感想など(映画・本)〜目次〜
創作童話・ショートショート・漫画メニュー
散歩派フェレット・プチアルバム

《イタチの魔かけ》と《鼬の目陰》

《イタチの魔かけ》とは?@いたちの手紙
01鼬の手紙他
《いたちの魔かけ》というのは佐藤さとるの童話『いたちの手紙』に出てくる言葉で、イタチが後脚で直立し前脚を目の上にかざすしぐさのことだ。作中ではイタチが人に魔法をかけるときのポーズということになっており、この《いたちの魔かけ》がうまくかかる人は、イタチと会話ができる──という設定になっている。
『いたちの手紙』の内容をかなり大ざっぱにまとめて説明すると──開発で数を減らし、1匹になってしまったイタチが、他の地域で同じ状況下のイタチを嫁にとる話である。その橋渡しをするのが《魔かけ》がかかる人間で、タイトルにある手紙は《魔かけ》でイタチと友だちになった少女が代筆したものだった。ポストに投函されるはずだったこの手紙をアキラという少年が拾ったことから物語は始まる。この物語はファンタジーだが、アキラの視点で「奇妙な手紙」の謎から、《魔かけ》の秘密、ことの真相が明らかにされていく展開は、ちょっとミステリー風の味わいもあっておももしろい。僕が好きな作品の1つである。
さて、謎解き役(?)のアキラが初めてイタチに出会い、《魔かけ》をかけられるシーンは、こんなふうに描かれている──、


 その生きものは、アキラと目が合っても、平気だった。それどころか、とても変わったことをした。
 ふいに後足で立つと、右手を、いや右の前足を、目の上に持っていって、遠くからアキラを眺めた。ちょうど、アキラに向かって、「敬礼」をしているようだった。そのとたん、どういうわけか、アキラは思った。こいつはやっぱりいたちだなって。
 そう、やっぱりいたちだった。こんなふうに、いたちが後足で立って、片っぽの前足を目の上にあげて見ることを、「いたちの魔かけ」という。つまり、いたちが人に魔法をかけようとするときは、こういうふうにするんだね。(佐藤さとるファンタジー全集⑫収録版『いたちの手紙』より)


僕が『いたちの手紙』を読んだとき──もうだいぶ昔のことだが、この《いたちの魔かけ》と呼ばれる言い伝えは本当にあって、作者はこれをヒントにイメージを広げ、このストーリーを考えたのだろうと思った。作中には、次のような記述もある。

昔の人は「いたちの魔かけ」を、大変きらった。縁起がわるいと思っていたんだ。いたちにこれをされると、きっとよくないことが起きるなんて、思いこんでいたみたいだね。
 ほんとうは、そんなことないんだ。いたちが、よくないことを起こすのではなくて、よくないことが起こりそうなとき、いたちは「魔かけ」をして、人間に知らせようとすることがあるんだ。(同『いたちの手紙』より)


実際に忌み嫌われるイタチの言い伝えがあって、それは誤解なのだと説いているような文章だ。そんな《いたちの魔かけ》に興味を覚えて、調べてみようと思ったこともあったのだが……当時は、この言葉に関する情報はみつからず、作者の創作なのだろうかと首を傾げていた。佐藤さとるはファンが多いから、『いたちの手紙』を読んで《いたちの魔かけ》という言い伝えが実際にあるのか気になった人もきっと少なからずいたのではないだろうか?
それからだいぶ後になって、《鼬の目陰(まかげ)》という言葉を知って、これが《いたちの魔かけ》の元ネタだったのかと合点がいった。
《目陰(まかげ)》というのは字面から想像がつくように、目の上に手をかざして直射日光をさえぎる──見る時に目に陰を作るしぐさのことだ。イタチが立ち上がってこんなポーズをとるという俗信があるらしい。
『日本史のなかの動物事典』(金子浩昌・小西正泰・佐々木清光・千葉徳爾/東京堂出版/1992年)という本には「飯綱・鼬 いいずな・いたち」という項目があって、《鼬の目陰(まかげ)》についても触れられている。


 イタチはイイズナとはちがって人里近くに棲息し、ネズミ類を捕食して生活する益獣である。しかしながら、その姿が細長で耳が立ち、しばしば後肢と尾を利用して人間のように立ち上がり、短い前肢をかざして相手の様子を観察する。これを「イタチの目陰(まかげ)」といって人間のしぐさによく似ているので、何か魔性のものがのりうつっているかのように感じられて、不吉な予感をもって見られた。『源氏物語』や『源平盛衰記』の中にもすでにこのことが記されており、現在でも山仕事・旅行などの出発時に、イタチが道を横切ることがあると、「イタチの道切り」と呼んで、前途の幸不幸の前兆とみる土地もある。(『日本史のなかの動物事典』P.3)

《いたちの魔かけ》と《鼬の目陰(まかげ)》は響きも似ているし、仕草も似ている。縁起が悪いものとして捉えられていたという部分も合致する。語源は同じと見てよいだろう。
『全国妖怪事典』(千葉幹夫・編/小学館/1995年)では神奈川県(佐藤さとるの地元)のカテゴリーに【イタチ】の項目があり、次のような興味深い記述がある。


イタチ 動物の怪。鼬。イタチはよく後ろ脚で立って振り向いて、人の顔をシゲシゲと見るという。この時眉毛を読まれると騙されるから、鼬に会ったら眉に唾をつけるとよいという(鈴木重光『相州内郷村話』)。(『全国妖怪事典』P.74)

これは《鼬の目陰(まかげ)》のことだろう。このしぐさによってイタチが人の「眉毛を読む」というのが興味深い。「眉毛を見て心を読む」というようなことだろうか? 《鼬の目陰》によってテレパシーが使えるようになるということなら、《いたちの魔かけ》で人とイタチがテレパス状態になるという設定は、まさにピッタリである。
《鼬の目陰(まかげ)》でイタチが眉のあたりに前脚をかざすのには、相手の眉毛を読むことと何か関係があるのかもしれない。
よく怪しげな話を聞かされたとき「眉に唾をつける」とか「眉唾」などと言うが、眉に唾をつけるのは「眉毛を読まれないように」(だまされないように)という言い伝え由来だったとは、この本を読むまで知らなかった。

『いたちの手紙』にでてくる《いたちの魔かけ》が《鼬の目陰(まかげ)》のことだというのは、おそらく間違いないところだろう。これを「イタチが魔法をかけるときの仕草」としてとらえるなら《いたちの魔かけ》という呼び名の方がふさわしい。そう考えた佐藤さとるが《目陰》を《魔かけ》と翻案したのか、あるいは《鼬の目陰》を《いたちの魔かけ》とよぶ地域が実際にあってそれにならったのか……それとも佐藤さとるが《目陰》を《魔かけ》と聞き違えて覚えていたことで、《魔かけ》➡《魔法をかけるしぐさ》という着想につながったのか……そのあたりのことはわからない。
いずれにしても、《鼬の目陰(まかげ)》という言い伝えが『いたちの手紙』の着想もしくはイメージを広げる手がかりになっただろうことは想像できる。


アズキとぎと『霜夜の鼬』
『いたちの手紙』の誕生には、もうひとつ、ある童謡がかかわっているという。作中でイタチが歌う──イタチがアズキをといで赤飯をたくという内容の童謡だ。佐藤さとるが小学2年生の時に1度だけ教わったというウロ覚えの歌詞が作品の中にでてくる。執筆時にはあやふやだった歌詞や失念していたタイトルが、『いたちの手紙』(講談社/1973年)の出版後に判明したことが『佐藤さとるファンタジー全集⑫いたちの手紙』収録の表題作末尾に《付記》として記されている。出版後、作中の歌詞には間違いがあることがわかったが、うろ覚えに覚えていた(間違った)歌詞が、この作品のモチーフであったことから、作品のイメージを大事にしたいという理由で作中の(間違った)歌詞はそのままにしてあるという。
作中のイタチが、勘違いして(?)間違った歌詞で歌っていたとしても、作品としては(整合性に)何ら問題ない。
この《付記》によれば、問題の童謡は野口雨情が作詞した『鼬の小豆磨ぎ』ということになっているのだが……検索してみると『霜夜の鼬』(作詞:野口雨情/作曲:中山晋平)というタイトルでヒットする。


霜夜の鼬
作詞:野口雨情/作曲:中山晋平

霜夜(しもよ)のしのやぶ 霜(しも)でサーラサラ
ザクリ ザツクリ ザツクリシヨ
鼬(いたち)が小豆(あずき)を といだとさ

寒いぞ寒いぞ 霜夜のしのやぶ
ザクリ ザツクリ ザツクリシヨ
鼬が おまんま たくだとさ

小豆を とぎとぎ ザクリ ザツクリ ザツクリシヨ
おまんま たきたき ザツクリ ザツクリシヨ
霜夜のしのやぶ ザツクリ ザツクリシヨ
赤のおまんま 小豆のおまんま
鼬が 小豆を といだとさ


佐藤さとるは歌詞の「イタチがアズキをといで赤飯をたく」という内容から、「赤飯をたく」➡「めでたいことのお祝い」➡「イタチの嫁取り」というストーリーを考えたのだろう。『いたちの手紙』としては合点の行くところだ。
しかし、『いたちの手紙』という作品を離れて『霜夜の鼬』の歌詞を考えると、ちょっと不思議な気もする。捕食性のイタチとアズキ磨ぎにどんな関係があるのだろうか?

実は、人気の無いところでアズキをとぐ音がする──という伝承はよくあり、「アズキトギ(小豆とぎ)」という妖怪のしわざだとされる。これについて『決定版 日本の民話事典』(日本民話の会・編/講談社/2002年)には次のように記されている。


【アズキトギ】
 夜、川べりや橋のたもとなどの水辺の暗いところで、ザクザクとアズキを洗うような音をたてる妖怪です。分布は九州から東北まできわめて広く、その音はほぼきまっています。「アズキとごうか人食おうか、ゴシゴシゴシ」とか、「お米とぎやしょか人とって食いやしょか、ショキショキ」と聞こえると言われています。(P.288)

 アズキトギの正体を、むじなやイタチだとしているところもあります。毛をコシコシこする音だというのです。ガマだという地方もあります。(P.289)

アズキは正月など特定の祝日、神祭りの食べ物として重要視されただけでなく、不祝儀にも用いられました。霊力を持つ食べ物と考えられていたことが、こうした妖怪の背景にあるのかもしれません。(P.289)


アズキトギの正体についてイタチだとする地域がある──野口雨情は、これをヒントに『霜夜の鼬』を書いたのではないか?
この歌詞がどのように生れたのかを想像してみると……《霜柱を踏む音とアズキをとぐ音が似ている》と感じた野口雨情が、《霜夜にアズキをとぐ者がいる》という不思議な状況をイメージし、それではアズキをといでいるのは誰が何のために?(童謡にするには何がふさわしいか)──と想像を膨らませて《(アズキトギの正体とされる)イタチが赤飯をたくため》という解釈を思いついたのではなかろうか──というのが僕の推理するところ。
ちなみに、アズキトギ・アズキアライと呼ばれる妖怪の正体については、イタチやムジナ(アナグマ※これもイタチ科)の他にも、カワウソ(※これもイタチ科)やタヌキ・ガマ(ヒキガエル?)・老婆の妖怪(小豆婆)などの言い伝えがあるようだ。

余談だが……作詞:野口雨情/作曲:中山晋平のコンビといえば、コガネムシを金持ちに見立てた童謡『黄金虫(こがねむし)』も、ちょっと不思議な作品だ。コガネムシが立てた金蔵とはいかなるものか? この作品については描かれているのはコガネムシではなく、チャバネゴキブリだという説がある。ゴキブリ説は色々なメディアで取り上げられいて、ちょっとしたウンチクになっている。しかしこれはヤマトタマムシだという説もあって、僕はタマムシ説を支持している。コガネムシが立てた金蔵(かねぐら)というのは玉虫厨子のことで、野口雨情は玉虫厨子をタマムシ(コガネムシをそう呼ぶ地域がある)の金蔵にみたてて、この作品を書いたのではないかと僕は思っている。「《玉虫厨子》を《タマムシの金蔵》にみたてる」という着想・創作プロセスは「《霜柱を踏む音》を《アズキとぎの音》にみたてる」という着想・創作プロセスと似ている……野口雨情はこうした連想や見立てからイメージをひろげて作品を創作していたのではないか……と思ったりもするのだが……もちろん、これは僕の個人的な想像。作品がどのようにして誕生したのか──何がきっかけ・ヒントになって、どのようなプロセスで作品ができあがっていったのかということには興味があるので、つい、あれこれ想像してしまう。


イタチの目陰(まかげ)帽子!?&いたちマジック
『いたちの手紙』からは離れるが……《目陰(まかげ)》がまぶしい太陽の光をさえぎるためのものだとすれば、帽子のつば(日よけ)が、この役割りを果たしている。つば付き帽子は目陰(まかげ)帽子といってもおかしくはないだろう。とすれば、フェレット(家畜化されたイタチ科の動物)のフィギュアをつばに乗せたフェレット散歩用の帽子は「イタチの目陰(まかげ)帽子」と言えなくもない。
02鼬の目陰帽子
僕が飼っていたフェレットは直立して前脚を額にかざす《魔かけ》こそしなかったが、前脚をかざして僕が握った物を消すというマジックをしていた!?

魔法ではないが……魔法もどき(?)なエピソードは色々あって……イタチ科の動物は迷信が生まれやすかったのではないか……という気がしないでもない。
03鼬漫画迷信編A

04鼬漫画迷信編B


05超魔術鼬C
『ふぇレッツ・ゴー』イタチと迷信!?:編より⬆

『ふぇレッツ・ゴー』超魔術イタチ:編

黄金色のコガネムシ ※童謡『黄金虫』のゴキブリ説&タマムシ説
エッセイ・雑記 〜メニュー〜
作品評・感想など(映画・本)〜目次〜
創作童話・ショートショート・漫画メニュー

《かわいさ》は赤ちゃんの武器!?

ベビーシェマは赤ちゃんに備わった武器ではない!?
01フェレット幼体成体

赤ちゃんはかわいい。ヒトに限らず、イヌやネコなど、ほ乳類のベビーは、おおむね可愛いものだ。そう感じる現象について、「赤ちゃんが持つ《かわいらしく見える特徴(ベビーシェマというらしい)》は、赤ちゃんが自分を育ててくれる大人を惹きつけるための装備・戦術である」というようなウンチクを目にすることがある。
東洋学園大学の【知れば知るほど面白い!人間科学チャンネル】というサイトでも【赤ちゃんの“秘密の武器”!? ベビーシェマ】というタイトルで教育学博士が、そのような解説をしている。曰く《ひとりでは生きられない赤ちゃんが、生まれながらに備えた“秘密の武器”》《赤ちゃんは、自分を育ててくれる大人を惹きつけるために、「可愛さ」という武器を身につけて生まれてくるのです。》
──こうした考え方について僕は以前から疑問を持っていた。
「(赤ちゃんの)可愛さは武器」という感覚はわからないではないし、言い回しとしてはあってもおかしくない気もするが……科学的な解説で「赤ちゃんが獲得した生存戦略的特徴」みたいな伝え方は正しくないと思うからだ。

ヒトを含む子育てをする動物が《赤ちゃんを可愛と感じる機構》はあると僕も思う。ただ、それは《赤ちゃんが特別に備えた能力》ではなく、《子育てをする親に備わった能力》によるものだろう。
ベビーがかわいく感じられるのは、「赤ちゃんが《親の気を引くための特徴》をわざわざ備えて生まれてくる」からではなく、「親が《赤ちゃんの特徴をかわいいと感じる認知機構》を備えている」からだ──というのが正しい理解ではないだろうか。

なぜなら、子育てをしないトカゲやカメであっても赤ちゃん(幼体)はかわいいからだ。生まれてすぐに自立する爬虫類なら《親の気を引くための特徴》など必要ないはずである。しかし、にもかかわらず、トカゲやカメの幼体であっても、我々はイヌやネコの赤ちゃん同様にかわいいと感じる。ということは、そう感じる我々の側に「幼体の特徴をかわいく感じる認知機構」があるからだと考えるのが自然だろう。


子育てをしない爬虫類でも幼体はかわいい⬇
02ヤモリ幼&成体
03クサガメ幼体再
(※【身近な自然:里山】より)

「相対的に大きい頭」などベビーシェマと呼ばれる特徴は生物の幼体としての自然な形であって、《親の気を引くため》に特別にデザインされたオプションではない。そうした幼体の自然な特徴を「かわいく感じるスイッチ」が見る側の我々に備わっているということなのだと思う。
「赤ちゃんを可愛く感じる」機構は子育てを必要とする動物にとって重要なものだろう。しかしこれを、あたかも赤ちゃんが獲得した特別な生存戦略的特徴のように説明するのは的外れな解釈という気がしてならない。



カメのヘソ!?
エッセイ・雑記 〜メニュー〜

イタチmeets猫

01猫&イタチ
02猫&イタチ
03猫&イタチ
04猫&イタチ
以前飼っていたフェレット(イタチ科)の画像から、散歩中に出くわしたネコとの2ショット4コマ。2匹は初対面だったが、人なつっこいフェレットと、それに戸惑うネコの姿がおもしろかった。
(※動物同士の接触には注意が必要)
このネコとは別に、フェレットを散歩させているとき、その姿に興味津々でついてくるネコがいた。獲物と認識してか背後から忍び寄ってその距離を縮めるが、フェレットが気づいて近づいて行くと、予想外の反応(?)に驚いてあわてて逃げだす。そして安全なところから(?)ようすをうかがい、フェレットが散歩を続行すると、やはり気になるのか、ついてくる……といったことをくり返していた。
フェレットはおもしろい動物だったが、ネコ(イエネコ)もなかなかおもしろい。ともに家畜だが、もとは捕食性動物。おもしろ動物の同士が対面したとき、互いのことをどう意識しているのか興味深い。


とぼけるネコがおもしろい

他人の物をこっそり盗んで知らん顔をすることを「ねこばば」という。漢字で書くと「猫糞」──ネコが糞を隠す習性に由来する言葉らしいが、ネコがフン(悪事?)を隠して「しれ〜っとしている」知らんぷり感は、なるほど「ねこばば」にふさわしい。ネコは「とぼける」姿が(も)おもしろい。
ネコは本来、単独で生活する動物だったのだろうが、家畜化され(野生の時代に比べると)密度の高い環境で暮らす機会も増えた。社会性動物のオオカミから家畜になったイヌとは違い、本来、単独性だったのだから、テリトリー内に他の個体がいること・他の個体と出くわすことは、それなりのストレスだったに違いない。頻繁にでくわす仲間との緊張を回避し平和に過ごすために家畜化したイエネコが会得したのが、「しらんぷり」だったのではないかと僕は考えている。
テリトリーの中で出くわしても、互いに相手をガン見せずに目線をあえてはずしたり目をつむったりして、互いに相手に気づいていないふりをして緊張が生まれないようにする──トラブルを避けるイエネコの社交術というわけだ。この「(とても気になっているのに)全然気にしてないふり」が、ヒトから見れば「知らん顔してとぼけている」ように見えて、おもしろい。きっとネコ同士も相手が「とぼけている」ことはわかっているのだろうが、「とぼけている」=「緊張回避サイン」として認識し合っているのだろう。おもしろいのはネコがとぼけてみせるのはネコ相手だけではないということだ。

僕は昔、ウサギを飼っていたこともあったのだが、このケージを日光浴に出したところ、近所のノラ猫が目ざとく見つけてやってきた。ネコが近づくとウサギのストレスになるといけないので、僕はケージのそばで監視していたのだが、(僕がいるので)近づけないネコは、少し離れた陽だまりで毛繕いをし、まったりし始めた。あさっての方に顔を向け、目を逆ハの字型に閉じて「オレは、ここに日向ぼっこに来ただけ。ウサギがいるなんて、全然知りませ〜ん」という態度。僕がちょっと目を離して再び戻ったときには、ネコのいる位置が少し近くなっている。それでもネコはすっとぼけて「日向ぼっこしてるだけ」感をアピールしていた。
この「しれ〜っとしている」感が「ねこばば」の知らんぷり感に繋がっている気がする。

冒頭の4コマ写真でも、ネコは近づいて来るフェレットに気づき、知らんぷりを決め込むことにしたようだった。しかし、フェレットの方は好奇心がおう盛なので、ネコを調べ始めた。ネコの方は戸惑いながらも、身もだえしつつとぼけ通そうしているのがおもしろかった。

ネコもフェレットもおもしろい。なので童話やマンガで描いたこともあった。

05猫童話&鼬漫画


創作童話・ショートショート・漫画メニュー