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巻貝が描く《幻の地図》

巻貝幻想!?コガネムシを食うカワニナ!?

7月に入った。フィールドを歩いていると汗が流れ、暑さで脳みそが弛緩する。思考が停滞する頭の中に、ニイニイゼミやキリギリスの鳴き声だけが響きつづけ、意識の空白地帯に、白昼夢が発生することがある……。
先日、トトロの森周辺を散策していたときのこと。干上がりかけた池をのぞくと、浅い止水の池底を複数の巻貝が這っていた。タニシよりもスリムな巻貝。カワニナに似ているが、貝には疎いので僕には種類がわからない。よく見ると巻貝のフチ(殻口)の下からコガネムシの尻と後脚がのぞいているではないか……池に落ちた昆虫を食う巻貝!?


コガネムシはゆっくり呑み込まれていく……暑さで溶けかけた脳みそには、そんなふうに映った。


イモガイが獲物を捕食する映像は見たことがあったが……肉食巻貝が、こんなところにいるものだろうか?
他の巻貝に目を向けると、やはりコガネムシを呑み込んでいるものがいる!?
そうそう都合良くコガネムシが池に落ちるとも思えない。ということは、コガネムシが池に落ちたのは偶然ではなく、この巻貝が何らかの方法でおびき寄せ、それを食していたのではあるまいか? だとすると──こりゃ、イモガイもビックリの超絶ハンターだ!
……なんてことはもちろんなく、「コガネムシの尻と後脚」に見えたのは、実は貝の頭(?)と触角だった。


──というわけで、溶けかけた脳みそは思わぬ幻想をみせてくれるものだ。
浅い池底にはこの巻貝たちが這った跡が浅い溝をつくって伸びている。溶けかかった脳みそには、この足跡(這った跡)も別のものに見えてくる……。
「巻貝の這った跡って……里山の道のようだな」緩やかなカーブは峠道や丘に沿ってまわりこむあぜ道っほい。巻貝たちが描いた道をながめているうちに、それが《里山の地図》に見えてきた。


巻貝たちが描いた不思議な《地図》……暑さで溶けかかった脳みそ内で、この着想が一人歩きを始め、白昼夢のようにイメージが展開した……。
イメージというのは文章の形で形成されるわけではない(文章とは別次元)。それをそのまま記録することはできないが、概要を文章に翻訳しておこう。

巻貝の《地図》幻想

男は半分干上がった浅い池の水底に、巻貝がつくった道を目にして「《里山の地図》のようだ」と思った。彼の出身地も田園地帯で低い丘のふもとには田畑が入り組み、こんな曲がりくねった道が続いていた。
子どもの頃に過ごした景色を思い浮かべ、貝が描いた《地図》と重ね合わせてながめているうちに、水底に描かれた《地図》が、彼の故郷の地形に一々あてはまることに気がつき、男は驚愕する。
「そういえば、こんな地図を子どもの頃に見たことがあった!」

彼は子どもの頃の奇妙な体験を思い出した。あぜ道で虫をとって遊んでいたとき、見たことが無い老人が現れて「ここへ行くには、この道でいいね?」と問題の地図を広げて位置の確認を求めてきた。その地図には道や川らしきものが描かれていたが、地名や地図記号などはなかった。ただ1つ「×」印がつけられていて、老人はそこへ行きたいらしい。道や川の曲がりぐあいから、村の位置関係をあてはめて考えると、「×」印は神社裏手のため池のようだった。彼は老人をそこに案内してやったのだが……その途上で老人から聞いた話が奇妙きてれつだった。
その老人はトレジャーハンターで、不老不死を叶える財宝を探しまわってきたという。《一帯の支配者となり不老不死を手に入れる》ためのアイテムが、地図の「×」印に埋まっているというのだ。問題の地図はだいぶ前に手に入れることができたものの、それがどの地域の地図かがわからず、道の形が重なる地形の場所を長年探し続けてきたらしい。そしてようやく割り出したのが、彼の村だったという。
おとぎ話のような説明に子どもながらに困惑したのを彼は覚えている。「この爺さんは、ちょっとアブナイ人かも?」──そんな警戒心が生まれ、奇妙な老人を神社裏手のため池まで案内すると、彼はそそくさとその場をあとにした。
翌日、その老人はため池で溺死しているのが発見され村ではちょっとした騒ぎになった。おそらく老人は正確な「×」印の位置を確認しようとして池にハマって溺れたのだろう。不老不死を手に入れようとして死んでしまうなんて──なんてバカげたことだろう。当時、子ども心にそう思ったものだった……。

そんな記憶がよみがえり、男の頭の中に、突然ひとつの考えがひらめいた。
あの老人が持っていた《地図》は、男が育った村の地図ではなく、今、彼が見ている《(水底に描かれた)地図》だったのではないか? 奇妙な一致はとても偶然では片付けられない。
(──と、すると、《神社裏手のため池》にあたる場所は……)
男は貝が描いた《地図》に自分の故郷の地形を重ねて、「×」印に該当するあたりの水底に手を突っ込んだ。やわらかい泥の中で堅いものが指にふれ、取り出してみるとタニシ程の壷だった。
(まさか、これが、あの老人が探していた《一帯の支配者となり不老不死を手に入れる》ためのアイテム!?)
半信半疑で壷のフタを開けると……かすかに紫色の煙が立ちのぼったように見えた。確かめようと顔を近づけると、それまで嗅いだことが無い不思議な匂いが香った……次の瞬間、男の意識は遠のいていった……。

その日以来、男を見た者はいない。男が消えたのと時を同じくして、壷が埋まっていた池には、ひときわ大きな巻貝が1つ、こつ然と出現し君臨していたが、そのことに気づく人もいなかった。
やがて浅かった池は完全に干上がり、生息していた巻貝も全滅。ただひとつ、ひときわ大きなその巻貝だけは、乾きに苦しみながらも死ぬことなく、餌がなく飢え続けながらも死ぬことができずに生き続けていた……。


──というのが、暑さで溶けかけた脳みそに浮かんだ幻想イメージ。文章に翻訳するにあたって便宜的に(判りやすく)整理したところはあるが、おおむね、こんな感じ。
以前、やはり夏に、この近くを歩いていて【キリギリス幻想】のイメージが展開したことがあったが……暑さでもうろうとした頭には幻想が湧きやすい。
もっとも、妄想力が働くのは暑い時だけに限らず、寒さで凍りかけた脳みそは【冬来たりなば貼るトウガラシ】なんてイメージを描いたりもするわけだが……。



チョウのみた夢~善意の報酬~

みくに出版《知の翼》1997年12月号に『チョウのみた夢』というタイトルで掲載したファンタジー。原稿用紙(400字詰)12枚余の読み切り作品。

チョウのみた夢~善意の報酬~



 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 
『チョウのみた夢』作・星谷 仁/知の翼(みくに出版)1997年12月号

※【覚書】(執筆当時のもの)
 この作品の構想は以前から持っていたものである。イメージとしては『善意の報酬』というタイトルでずっと頭の中にあったのだが、対象年齢を考慮して『チョウのみた夢』となった。
 アイディア・ストーリーにおいて、<意外性>が用意されているのは当たり前。できれば二重にも三重にも用意されていることが望ましい──と僕は考えている。
 この作品でいうと、虫の妖精が出現したのは、クモに襲われる<チョウを助けたご褒美>──と思いきや<クモを虐待した報い>だったという、視点の逆転……それが第一の<意外性>であり、チョウを救ったためにチョウにされ絶体絶命となった<僕>を救ったのが、チョウになる前の自分であった……というのが第二の意外性。そして、夢から覚めた<僕>が、もしクモの巣のチョウをみつけたら助けるべきか否か──メビウスの帯のような迷宮に迷い込む<リドル・ストーリー>(結末に謎を残すスタイル)の幕切れ……それが第三の意外性である。
 僕はファンタジーやSFを好んで描いているが、実は<妖精>のようなものを描くのは好みではない。ファンタジーは現実では起こり得ない世界を描くものだが、既成の空想キャラクター(妖精や小人のような)を安易に持ち込むと、作品イメージが類型化し新鮮味を欠くことにつながりかねない危険があるからである。既成の空想キャラクターにたよらずに、独自の架空の世界を描くことができればその方がよいに決まっている。そんな考えを持っているにもかかわらず<妖精>を登場させたのは、<妖精>のもつ甘い既成イメージを逆手にとって意外性を演出できると考えたからである。

ファンタジー童話『雨の日の通信』



雨の日の通信(短編版)



 


 


 


 


 



『雨の日の通信』作・星谷 仁

たあいもない話だが、個人的には想い出深い作品。
まだ携帯電話もポケベルもなかった時代に書いた通信もの(?)だ。

これを書いたのは児童文芸の研究会に参加したばかりのころで、合評用簡易冊子《児童文学作品集15》に『こうもりがさの秘密』というタイトルで発表。
自分としては気に入っており、このエピソードを序章とする長編が書けないかとストーリーを模索した。「男の子は、なぜ《カサの通信》を知っていたのか?」「《カサの通信》を物語の中でどう使うか?(この通信法ならではの展開や解決策)」を主軸に「必然性を備えた意外性」を検討しつつ試行錯誤をくり返した。

その頃にイメージづくりと気晴らしを兼ねて(?)描いたのが冒頭のヘタクソなイラストである。あわいイメージの絵が描きたかったのだが技術も知識もなかったので、製図用の極細ペンを使い点描で描いている。ちなみにこのペンは個人誌の文字書き用(当時はワープロも無く、活字化するにはお金がかかったため、手書きの文字を印刷していた)。

ああでもないこうでもないと悩みながら、なんとか書き上げた長編だったが、ふり返ってみると、つじつまあわせに振り回されて、当初の雰囲気から離れた方向に走ってしまった印象が強い。長編版『雨の日の通信』は、1981年の第22回講談社児童文学新人賞に応募、最終候補作8編に中に残ったが落選。
短編版(本作品)は東海ラジオ放送<ミッドナイト東海>(兵藤ゆきの童話コーナー)で放送され(1982年10月16日)、この年のリスナー投票による童話大賞第2位に選ばれている。

掌篇童話『ハサミのめがね』

朝日小学生新聞の読み切り童話として描いた原稿用紙4枚のファンタジー。当時モノクロで描いた挿絵にPCで色をつけてみたもの。

ハサミのめがね



 


 


 


 
※朝日小学生新聞 1995年12月27日

童話『虫歯の木』

文&絵の縦書き画像シリーズ。今回は本文が12枚ほどの童話。やはり朝日小学生新聞に掲載したものだが、読み切りではなく、本作は4回にわたって連載。《ファンタジーのポケット》というオムニバス連載で連載した6つのファンタジー(みらいを知る犬/魔法の鈴の音/ムシ歯の木/病院跡のざしきぼっこ/おふろの海ぼうず/ペットよけボトルのひみつ)の中の一つ。掲載時のタイトルは『ムシ歯の木』とカタカナまじりだったが、保存してあったテキストでは『虫歯の木』となっていた。
この作品は4回連載だったので挿絵も4枚。モノトーンだったものに今回彩色。

虫歯の木



 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



※『ムシ歯の木』朝日小学生新聞1994年12月13日~12月16日連載