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昭和世代のインターネット雑感

インターネット革命!? 昭和世代の雑感
少し前に【昆虫画像:ブログからテレビへ】の中で、インターネット時代に入って、昆虫写真家が商売として成立しにくくなったのではないか……ということを記したが、こうした変化は、昆虫写真家に限ったことではないだろう。
インターネットの登場&普及によって、世界は大きく変わった気がする。
ブログやSNSなどの個人発信ツールがなかった時代──人々はマスメディアが発信する情報を一方的に受け取るしかできなかった。それが〝あたりまえ〟だった昭和世代からすると、個人が大衆に向けて(不特定多数の人たちがアクセスできる場に)情報発信できるツールを〝あたりまえ〟のように使いこなす今の世界は、まるで《おとぎばなし》のような気さえする。
インターネットの以前と以後では、育った世代の世界観にも格差があるのではあるまいか……。

テレビ(元締め)と視聴者(消費者)
昔──インターネット以前は、一般の人たち(消費者)がアクセスできる共有情報といえば、一部の商業メディアが発信するコンテンツに限られていた。だからそこに需要が集中し、商売が成立した……。
テレビがいい例だろう。家庭で視聴できる映像コンテンツは数局のテレビ局が放送している番組だけ。選択肢(チャンネル)が限られていたから視聴者が集中する。だから宣伝効果も高く、そこに利益も集中する。

かつては一般の視聴者が目にすることができる映像作品はテレビ局や映画会社などの大手メディアが制作した商品ばかりだった。そんな時代に、アマチュアが作った映像作品を紹介するテレビ番組──平成名物TV《三宅裕司のえびぞり巨匠天国》というのがあった。僕もひょんなことから出たことが1度だけあったのだが、当時はYouTubeなどまだ存在しておらず、自主制作作品を視聴できるというのが、なんだか珍しく、新鮮だった。
01えびぞり巨匠天国出演
一般向けに映像を記録する機材としては以前から8ミリフィルムやホームビデオなどがあったのだが、利用目的の多くは子どもの成長や家族内イベントを記録するプライベートなものだったように思う。こうした機材を使って自主制作映画を撮るサークルもあるにはあったが、小規模の上映会で集まるのは同じ趣味を持つ関係者がほとんどだったのではなかろうか。
《えび天》で採用された僕の【ミラクル☆スター】も実は数人の友人に見せることを想定して試作した内輪ウケ狙いのビデオ作品だった。この編集をしていたとき、たまたま《えびぞり巨匠天国》の第1回放送を目にし、気まぐれに投稿してみたところ、意外にもあっけなく採用の連絡がきたので驚いた。本来なら人手がかかりがちな実写ヒーロー・アクションを〝1人で撮った〟というチープなつくりが面白いと評価されたのだろう。一部の知人らに見せるつもりで作った映像がテレビ番組で放送されたのは、我ながら思わぬ展開だった。

今なら個人やアマチュアサークルが制作した映像作品であってもYouTubeなどで配信(公開)できるし、それを視聴することもできる。YouTubeには無数の動画があふれ返っている。個人が簡単に動画を公開でき、それを簡単に視聴できるのが〝あたりまえ〟となった昨今──今の世代で育った人には《えびぞり巨匠天国》の新鮮さは、ピンとこないだろう……。
インターネットが普及し、YouTubeなど動画サイトの登場によって、映像市場は、もはや大手メディアの独擅場ではなくなった。今や一人一人が放送局!?──テレビ局が広告収入やペイパービューで経営しているように、個人発信のユーチューバーが、広告収入や有料チャンネルによって商売として成立しうる世の中になった。これは昭和世代からすると驚くべきことだ。

文芸作品と出版業界
映像作品ばかりではなく、文芸作品についても似たようなことが言えるだろう。
物語を「書く(創作する)」のは紙(原稿用紙)とペンがあれば誰にでもできる──資本もかからず独りでできる、とっつきやすい芸術活動といえるだろう。だから多くの人が趣味として「書く」ことをしていた。
しかし、アマチュアが書いた作品を不特定多数の人たちに向けて発表する場となると、昔(インターネット以前)は、ほとんどなかった。一般の人がアクセスできる文芸作品は書籍や雑誌・新聞などのマスメディア商品に限られていたからだ。
とは言っても、書きあげた作品が読まれることを望むのはプロもアマチュアも同じ。読者を想定して(読まれることを前提に)書かれるのが文芸作品である。今ではブログなどで気軽に作品を公開できるが、その手段がなかった頃は、同人誌を作ったり自費出版に夢を託すというのが常套(じょうとう)だった。もちろんその発行部数などたかが知れている。知人や同じ趣味を持つ一部の関係者の手に渡るていどで、アマチュアの作品が不特定多数の読者の目に触れる機会は皆無に等しかった。

そこで、アマチュア作家は出版社や新聞社が公募するコンテストに挑戦することになる。狙いは賞金よりも書籍化あるいは雑誌や新聞などに掲載されること──そう考えていた応募者も多かったはずだ。賞金や印税などいらないから──逆に金を払ってでも商業出版したいという人も少なからずいた。
このニーズ──「出費してでも自分の本を流通ルートに載せたい」というアマチュア作家の憧れにつけ込んだ自費出版トラブルが社会問題になったこともある。

本来であれば出版社が出資して作品を商品(書籍)化&販売し、原稿料なり印税などの報酬を著者に支払う。出版社は商売になると判断した作品に投資をすることになるわけだから、書店に並ぶ(流通に乗る)作品は、それなりの価値が認められたものだということができるだろう。
問題(トラブル)になったのは、「共同出版」と呼ばれる形態の自費出版で、本の制作費を著者が払えば、全国の書店への宣伝・販売を出版社が行うというもの。自分の書いた作品が本になり〝全国の書店に並ぶ〟ことに魅力を感じて契約した著者が、実態はそうではなかったことに気づき、集団提訴したことがテレビでもくり返し報道されていたことがあった。
その内容は確かにひどく、出版社が仕掛けた文学賞コンテストの応募者に片っ端から電話をかけ、(原稿などろくに読みもせずに)マニュアル化されたセールストークで、作品を褒めそやし「共同出版」をもちかけるということをしていたらしい。そして「全国の書店に自分の本が並ぶ」ことを期待している著者に〝そう誤解させて契約を結ぶ〟という営業を展開してきたという。
こういう詐欺的手法が横行するほど「全国の書店に自分の本が並ぶ」というのはアマチュア作家にとって《あこがれ》だったのだ。個人で作品を世間に広く発信(発表)するツール(場)が無かった時代だっただけに、《広く一般に向けて発表(発信)できる場》を多くのアマチュア作家は渇望していた。
アマチュア作家の同人誌活動は悲喜こもごも……僕にも経験があるし、『文学賞殺人事件 大いなる助走』なんて邦画を思い出したりする……。

同人誌や自費出版にはもちろんそれなりの意味があるはずだが、そこが目指す最終地点だと考える書き手はまずいないだろう。自分の本が書店に並ぶことに憧れるアマチュア作家たちは、新人賞などの公募にチャレンジする……しかし苦労して作品を書き上げ応募しても、入賞のハードルは高い。数からいえば、ほとんどの者は落選することになる。
たとえ狭き門をくぐり抜けて出版がかなったとしても、それで安泰というわけにはいかない。発行部数からいっても、全国の書店すべてに本がいきわたるわけではないし、また書店に並べられたとしても、そこで売れるまで書棚スペースを確保できるわけでもない。雑誌に掲載された作品なら、次の号が出るまでの命(掲載誌が店頭に置かれている期間は短い)だし、書籍であっても買い手がつく前に返品されることも多い。

書店としては書棚には新刊や売れ筋の本を揃えておかなくては商売が成り立たない。書店は取次店(問屋/流通機構)から本を入荷し、売れなかった本は返品できるシステム(再販制度)をとっている。新刊や売れ筋本を置くための棚スペースや入荷資金を確保するには返品が不可欠で、入荷した本の何割かは読者の手に渡ることなく返品されてしまうというのが実態だ。2020年7月の書籍の返品率は40.2%(@出版状況クロニクル)だったそうだ。
そんなわけで自分の作品を商業出版することが、たとえかなったとしても、「全国の書店に並ぶ」のはほんの一時期にすぎない。あとで「あなたが書いた作品を読んでみたい」という奇特な人が現われても、その時には在庫が無かったりする。著名な作家の作品でさえ、絶版となっているタイトルは少なくない。書籍化は《いつでもアクセスできるツール》ではないのだ。

ところが、今はブログなどで公開しておけば、「作品を読んでみたい」という人が現われた場合、URLを伝えるだけで、いつでもどこからでも容易く無料で(設定にもよるのだろうが)読んでもらうことができる。なんとも便利な世の中になったものである。
「金儲け目的で書いているのではないアマチュア作家」にとって《公開の場》をたやすく手に入れることができる状況は歓迎できるものだろう。昔の同人誌活動を経験している者からすれば《夢のような時代》といってもいいだろう。

もちろん注目の集まる文学賞にチャレンジするアマチュア作家は今でも多いのだろうが、インターネット以前のような〝渇望感〟はないのではないか?
商業出版の発行部数は昔に比べてだいぶ減っているようだし、ネット上に作品を置いておく方が閲覧数を稼げる(読者の目にとまる機会が増える)といったケースだってあるだろう。
YouTubeで稼げるようになったユーチューバーと同じように、ブログでも収入を得られる仕組みができているようだ。電子出版という選択肢もあるらしい。
誰でも簡単に個人発信ができる時代になり、それが商売として成立しうるようになったというのは《(作品の)発表やアクセスの選択肢が増えた》という意味では好ましいことだろう。しかしその一方で、文芸の世界でもマスメディアの独擅場がくずれたことで、既存の版元や職業作家の商売が成り立ちにくくなっているような気もする。

虫屋気質とインターネット!?
ちょっと次元の違う話かもしれないが……おそらく虫屋さんらの業界(?)でもインターネット以降、変化があるのではあるまいか?

虫屋でない僕は『月刊むし』という雑誌があることを長い間知らなかった。しかし虫屋さんの多くが購読しているらしく、これを「虫屋の納税」に例える人もいる。インターネットが無かった時代に個人で活動している虫屋さんが昆虫情報を得ようとすれば、おのずと『月刊むし』や昆虫機関誌にたどり着く──こうした昆虫メディアに引き寄せられた虫屋さんたちは、そこで情報交換し、同じ認識を共有するようになる。そして『月刊むし』や昆虫機関誌を同郷とする同胞意識のようなものが芽生え《虫屋気質》を形勢していったのではないか……そんなふうに僕は想像している。

僕が某昆虫フォーラムに出入りするようになって虫屋さんたちと知り合った頃、僕は虫屋さんとの間には高い敷居──境界線のようなものがあると感じ、その感覚は現在も続いている。僕は「こちら側」の人間だが、虫屋さんは「あちら側」という感覚である(あくまでも僕の個人的イメージ)。昆虫に対して興味を抱くところは一緒だし、共感する部分も多いのだが、どこか本質的に違うところがある……この差──いってみれば《虫屋気質》の有無は、ひとつには『月刊むし』や昆虫機関誌などで育ったか否か──育ちの差(?)が関係しているのかも知れないと考えるようになった。
僕は納税義務を果たしている虫屋ではないので、「こちら側」の人間として虫見をし、感じたり考えたり観察したことを「こちら側」の人にわかるようにまとめていこうというのが、当初からの《虫見スタンス》だった。これができたのはインターネットが存在し、SNSやブログなどのツールが利用できたからだ。僕が虫見を始めたのはインターネットが普及し始めた頃で、だから正体不明の虫について某昆虫フォーラムで尋ねることができ、インターネットで昆虫のことを調べたり、観察した内容をブログにまとめることもできたわけだ。

もし《虫屋気質》──虫屋の境界線が『月刊むし』や学会機関誌などの昆虫メディアに由来するものであったとしたなら……インターネットで昆虫情報を収集したり個人の知見を発信(発表)できるようになった昨今、若い虫好き世代の〝昆虫メディアへの凝集力〟は弱まってきていることも考えられる。であるなら、《虫屋の境界線》は弱まり、《虫屋気質》も変わってきているのかもしれない……というのは虫屋ではない僕の根拠の無い想像なのだが、はたして実態はどうなのであろうか……。



昆虫画像:ブログからテレビへ
『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』と出演覚書
ミラクル☆スター〜実写版〜 ※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
同人誌回顧録
久しぶりの『文学賞殺人事件 大いなる助走』
Yahoo!ブログの可能性 ※Yahoo!ブログ時代に記したブログ観
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昆虫画像:ブログからテレビへ

昆虫画像雑感:ブログからテレビへ
先日放送の『ザ!鉄腕!DASH!!』(@日本テレビ)で僕が撮影した昆虫画像(シャチホコガ幼虫)が使われたようだ。もちろん僕は昆虫写真家ではないのだが、拙ブログの昆虫画像が番組制作スタッフの目にとまり、使わせてほしい旨の連絡をいただいて、こういうことになった(経緯)。
僕が撮影した映像や写真がテレビ番組や書籍・雑誌で使われたことは、これまで何度かあったのだが──、
01Ferretカメレオン
個人ブログにあげていた昆虫画像が、大手メディアのテレビ番組で使われるという展開は、ちょっとフシギな気がする……昔は考えられないことだった。

インターネットがまだなかった時代──テレビ番組や書籍などのメディアが昆虫の写真を必要とするときには、プロの昆虫写真家から調達するのが一般的だったろう。業界で実績のある一握りの昆虫写真家に〝需要〟が集中し、昆虫写真の対価もそれなりに高額だったろうと想像する。

それが今ではカメラの性能が格段に進歩し、素人でもクオリティの高い昆虫写真が撮れるようになった。そして素人が撮った画像や動画はインターネットで気軽に公開(発信)されている。
ネット上にはアマチュアカメラマンが撮った昆虫画像・動画があふれかえっており、誰でも──もちろんテレビ番組制作スタッフや出版社の編集者も、お目当ての昆虫を簡単に検索できるようになった。ネット上に無数にあげられたアマチュアカメラマンたちの作品も、メディアの〝素材〟候補となりうるようになったということだ。
必要とする〝素材〟をインターネットで見つけ、使用許諾をとりつけて利用できれば手っ取り早い──アマチュアが公開している写真で用が足りるなら、経費の節減にもなるので都合も良い。かつて一部の昆虫写真家の独占市場だった「昆虫の写真・動画」の使用料は値崩れをおこしているのではあるまいか?

カメラの進化とインターネットの普及で、アマチュア昆虫写真家は激増した。しかしメディアの〝需要〟に対して〝供給〟が拡大したことで、逆に昆虫写真で商売するプロの昆虫写真家は、育ちにくくなっているような気もする。
昆虫写真家として名を残すのは、インターネット以前から活躍していて既に地位を確立している一握りの方たちだけではないか……そんな気がしないでもない。
もっとも、これは昆虫写真に限ったことではないのかも知れないが……。



ザ!鉄腕!DASH!!にシャチホコガ幼虫
擬態の達人コノハムシ〜TV番組
散歩派フェレット・プチアルバム
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ザ!鉄腕!DASH!!にシャチホコガ幼虫

01シャチホコガ幼虫TV
※これはフィギュア⬆イモコレ!2のシャチホコガ幼虫

怪獣ならぬ怪虫!?シャチホコガ幼虫がテレビ番組に!?
先日、テレビ番組を制作をしているという方からブログ経由で連絡があった。番組内でシャチホコガについて取り上げることになったそうで、僕のブログ記事(シャチホコガ幼虫の威嚇ギミック!?)に掲載しているシャチホコガ幼虫の画像を使用できないかというお話だった。
僕としては、拙ブログ記事が何かの役に立てれば本望なので、快諾。
シャチホコガを取り上げるという奇特な番組は、日本テレビの「ザ!鉄腕!DASH!!」──その中の「新宿DASH」という企画でのことらしい。放送予定日は9月6日(日)、19:00〜だそうだ。

僕は地デジ化を機にテレビから離脱しているので、現在のテレビ事情はさっぱりなのだが……検索してみると「ザ!鉄腕!DASH!!」は、日曜日19:00〜19:58放送のTOKIOが出演するバラエティ番組らしい。
どういう形で提供したシャチホコガ幼虫画像が使われるかわからないが……こんな奇妙な生き物がいることを多くの人に知ってもらえる機会が増えるのは喜ばしいことだ。
初めてこの虫を目にしたときは、「よくぞまぁ、こんなデザインが実現したものだ」とたまげたものだが……この衝撃は、とても独りの胸にとどめておけるものではない。「王様の耳はロバの耳!」と誰かに教えたくなるように、「この虫、すんげぇ〜ゾ!」と世間に知らしめたくなる。
ちなみに、このキモかっこいい幼虫を僕は「シャッチー」と呼んでいる。

チョウや蛾の幼虫──イモムシの中にはけっこう奇抜なものがいたりするのだが……おもしろい割に、あまり知られていないというのが、もどかしい。
そこでこの機会に、僕が見た中で、おもしろいと感じたイモムシを、さらに3つほどプチ紹介しておくことにする。

造形や空目模様、ギミックがユニークなイモムシたち

ウコンカギバ⬆葉上のドラゴン:ウコンカギバ幼虫より


ホソバシャチホコ⬆スーパーヒロイン模様の虫より



ウラギンシジミ⬆紫のピカチュウ!?ウラギンシジミ幼虫の線香花火より

昆虫は摩訶不思議でおもしろい。

※追記(2020.09.05):番組サイトの次回(9月6日)予告の【見どころ】によると、放送内容は、国分太一(TOKIO)、二宮和也(嵐)、岸優太(King & Prince)による「東京23区内でカブトムシ見つけられるか?」という恒例企画の虫探しらしい。



シャチホコガ幼虫の威嚇ギミック!?
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懐かしの海外ドラマ『タイム・トンネル』

01タイムトンネルMB1

タイム・トンネルはアリゾナ砂漠の地下数千メートルにある科学センターに備えられ、ボタン1つで人間を現在から過去へ、過去から未来へと自由に送り込める驚異的な装置である。若き科学者ダグとトニーは、この開発途上のタイム・トンネルに送り込まれたまま、過去と未来をさまよう放浪者となってしまった。
(※番組冒頭で亜空間を転送される2人の映像につけられたナレーション)

懐かしの海外ドラマ『タイム・トンネル』
子どもの頃に観て感銘を受けた映画やドラマは色々あるが、海外ドラマ『タイム・トンネル』もその1つだった。
内容をかいつまんで説明すると──、タイムトンネルはアリゾナ砂漠の地下深く、巨費を投じて作られた巨大施設で開発が進められていた時間と空間を超越する転送装置だった。アメリカが秘密裏に進めてきたプロジェクトだったが、完成の遅れからその見通しが疑問視され、計画は打ち切られようとしていた。タイムトンネルの研究にたずさわってきた若き科学者トニー・ニューマンは、開発の中止を阻止するため、タイムトンネルが機能することを証明すべく自ら被験者となって別の時空間への転送実験を敢行する。トニーが転送されたのは、予期せぬところ──沈没事故を起こす前のタイタニック号の船上だった。トニーは転覆の危機が迫っていることを船長に告げるが、信じてもらえず密航者として拘束されてしまう。一方トニーの行動をモニターしていたタイムトンネル・スタッフは、トニーと船を救うために当時の資料を持たせたダグ・フィリップスをタイタニック号に送り込む。しかし、歴史的事実を変更することはできず、トニーとダグは沈没寸前のタイタニック号から別の時空へと転送される……。
タイムトンネルは未完成のため制御が難しく、ダグとトニーを現在に回収する条件がなかなか整わない。回収よりもハードルが低い転送でピンチを逃れるものの、転送先で2人は新たな歴史的事件に巻き込まれることになる。2人は持っている科学や歴史の知識を駆使して難局を切り抜けようとし、タイムトンネル・スタッフはトンネルごしに懸命に2人を追跡し支援する。
お馴染みのナレーションでの転送シーンから始まり、事件が決着したところで別の時空に転送される──といったスタイルの1話完結の連続活劇ドラマだった。

日本で放送されたのは1967年──当時僕は小学3年生だった。タイタニック号がらみの第1回放送(パイロット版)が強く印象に残っている。その後、高校生の頃に深夜の時間帯で再放送を……確か白黒テレビで観ていた記憶がある。
その頃は、まだ作品の出来・不出来(完成度)を判断する基準ができていなかったから、単純に当時の自分の感性に響くかどうか──好き・嫌いで「おもしろさ」を測っていた。作品に対する評価や分析は漠然としていて、ただ「おもしろかった」という記憶ばかりが強く残っている。
だからそれ以降、《『タイム・トンネル』をまた観てみたい》という気持ちはずっと持ち続けていたわけだが、これは単に作品に対する興味からだけではなく、子どもだった頃、初めてこの作品に出会ったとき、どんな風に感じながら観ていたのか──自分の心の動きをトレースしてみたいという思いもあった。また、長い間目にしていなかった懐かしい景色(?)を久しぶりに見てみたいという、望郷のような気持ちも混じっている。
『タイム・トンネル』の中でも、特に印象に残っていて「また観てみたい」という思いが強い回がいくつかあるのだが、そのベスト3が『タイム・トンネル-メモリアルBOX VOL.1』(メモリアルBOXはVOL.2と2つで構成されている)に含まれていることがわかり、まずはBOX VOL.1を入手し鑑賞してみることにした。

■タイム・トンネル-メモリアルBOX VOL.1
DVD収録内容(日本の放送順とは異なる部分がある)
■DISC-1
01:過去との出会い(タイタニック号の最後)
02:月への一方通行(米国の火星探査計画)
03:世界の終わり(ハレー彗星の接近)

■DISC-2
04:真珠湾攻撃の前夜(The Day The Sky Fell In/※日本未放映)
05:最後のパトロール(米英戦争)
06:火山の島(クラカタウの大噴火)

■DISC-3
07:トロイの神々(トロイの木馬)
08:カスター将軍の最後(リトルビッグホーンの戦い)
09:悪魔島(仏領ギアナデビルズ島)

■DISC-4
10:恐怖政治(フランス革命)
11:秘密兵器A-13(ソ連のタイムトンネル計画)
12:リンカーン暗殺計画(リンカーン大統領暗殺)

■DISC-5
13:アラモの砦(テキサス独立戦争)
14:土民の奇襲(土民の首領ヒラ・シンによるイギリスへの反乱計画)
15:Dデー二日前(ノルマンディー上陸作戦)

■DISC-6 SPECIAL FEATURES 映像特典
●2002年リメイク版パイロットフィルム
●ビハインド・ザ・シーン~I・アレンのホームムービーより
●ジェームス・ダーレン(トニー)のインタビュー
●ウィット・ビセル(カーク所長)のインタビュー
●第1話未放映別編集フッテージ
●日本版最終回エンディング

本篇764分+特典映像141分/6枚組DVD/日本語吹替音声

『タイム・トンネル』マイ・ベスト3+1を改めて鑑賞
第1話『過去との出会い』
『タイム・トンネル』で「また見てみたい第1位」はやはり、印象が強かったパイロット版となる第1話だった。
舞台は1968年。上院議員を載せた小型機がアリゾナ砂漠の真中に着陸。議員が降り立つとどこからともなく車が現われ、彼を乗せて走り出す。と、突然砂漠に地下への入口が出現し、車を呑み込むと入口は消失した。地下には800階相当の巨大建造物があり、12000人以上の所員が働く科学センターとなっていた。上院議員はアメリカが70億ドル以上の予算をつぎ込んで秘密裏に開発を進めていたタイム・トンネルの視察に来たのだが、完成が先延ばしになっていることにしびれを切らしており、翌日に開かれる会議で計画の打ち切りが採択される可能性について言及する。
研究を継続するためには、タイムトンネルが機能することをすぐにも証明しなくてはならない……そこでトニーは、(主任のダグやカーク所長の反対を押し切り)自ら被験者となってタイムトンネルに入り、転送実験を決行してしまう。
タイムトンネル・スタッフはあわててトニーの転送先を割り出そうとする。そしてタイムトンネルのモニターに映し出されたのは氷山に衝突する前日のタイタニック号だった。
何が起こったのか説明を求める上院議員にダグが状況やタイムトンネルの機能について説明する──ドラマの展開(緊張感)を妨げることなく、視聴者にもタイムトンネルの設定がわかるような構成になっている。
一方、そこがタイタニック号であることを知ったトニーも、沈没の危機が迫っていることを船長に告げ、せめて(氷山を避けるため)進路を南寄りに変更するよう進言するが、信じてもらえない。それどころか、不審な密航者として船室に監禁されてしまう。このままではトニーの身も危ない。タイムトンネル・スタッフはトニーと乗船者らを救うため、タイタニック号に関するデータと〝沈没を報じた翌日の新聞〟を持たせたダグをタイタニック号に送り込む。
過去の世界で再会したダグとトニーは、船長を説得するのが難しいと判断し、無線室を占拠し、救難信号を発信することで犠牲者を減らそうとするものの、船員たちに取押えられてしまう。ダグはタイタニック号が氷山に衝突して沈没するのは歴史上の事実であると訴え、事故を報じた翌日の新聞を船長に渡すが、船長は聞く耳を持たない。新聞は読まずに棄てられ、救難信号も取り消されてしまう。ダグとトニーは船室に監禁されてしまい、そして史実通りの時間にタイタニック号は氷山に衝突する。タイタニック号の不沈を信じていた船長も〝2人が予言した通り〟氷山に衝突したことで、トニーとダグの話を無視できなくなる。救える命を救うために、早く避難活動をすべきだと言う2人の意見をようやく認め、船長は避難命令を下す。このとき船長は自分の生死についてもわかっているのか尋ね、ダグが「残念ながら」と答えるシーンが印象に残っていた。
パニックとなった船上でトニーとダグは救助活動を手伝うが、衝撃に激しく揺れる甲板から投げ出されてしまう──その瞬間、タイムトンネルは2人を別の時空間へ転送したのだった。
この事件の一部始終を目撃していた上院議員は、タイムトンネル計画の打ち切りについて、2人の科学者の消息がわからないうちはないだろうと告げて基地を去る。

今回、DVDでの鑑賞を始めて、まず感じのは「なつかしい時代感」と(意外なことに?)「新鮮さ」だった。展開する画面は昔見たものなのだが、テレビ放送を見ていた時よりも画質が良く、鮮度が高く感じられた。放送時には白黒テレビで視聴していたということもあって、カラーの画面が新鮮だったのだろう。映像自体もデジタルリマスター版なので経年の劣化を感じさせずきれいだった。
テレビ放送で観ていた時と同じ日本語吹替で鑑賞できるのも嬉しかった(日本の放送ではカットされていた部分はオリジナルの英語音声に日本語字幕)。

今回、懐かしい映像を見ながら「そうそう、こんな展開だった」とか、「本放送を見ていたとき、このシーンでは、こんな風に感じたのだっけ」など、具体的な記憶がよみがえった。トニーが皆の命を救おうとして懸命にうったえているのに全く信じてもらえず、捕えられてしまう展開で、とても理不尽でもどかしく感じたことを思い出した。ダグが未来から持ってきた〝タイタニック号が沈没することの証拠〟である新聞を読みもせずに棄ててしまう船長が歯がゆく、氷山と衝突してようやくダグとトニーの言葉に耳を傾けるようになったときには「それみたことか」と思い、また、船長にすれば悪夢のような展開の中で自分の運命(死)を知ったときには、「船長はどんな思いだったろう」と想像したものだった。今さらながらに「トニーの忠告に耳を貸していたら、タイタニック号も乗客・クルーも失わずに済んだのに」と自責の念にかられたことだろう……自分の「死」を知っても「こういう事態を招いたのだから、それも、やむなし」と覚悟するしかなかったろう……そんな風に感じながら観ていたことを思い出した。
このパイロット版は『タイム・トンネル』という連続ドラマの魅力と方向性を打ち出すのにふさわしいエピソードだった。タイムトンネルは未完成のタイムマシンであり制御が難しいこと──つまり、タイムマシンに翻弄されるドラマであること。別の時代に送り込まれたトニーとダグの冒険活劇であること。そしてまたタイムトンネルごしに2人をモニターし支援し奮闘するスタッフらがドラマの緊張感を盛り上げること。過去に戻っても歴史を変えることはできないこと──などのコンセプトが、視聴者に伝わり、その後の展開に大いに期待を持たせることになったのだと思う。

ちなみに、この回が収録されたタイム・トンネル-メモリアルBOX VOL.1には、特典映像として、『2002年リメイク版パイロットフィル』が収録されている。オリジナルのパイロット版(第1話:過去との出会い)と比較すると、断然、1966年版(オリジナル・パイロット版)の方がおもしろい。2002年リメイク版はタイムトラベルによって歴史は改変しうる──それを阻止するために過去に戻るという話になっている。2つの作品を比べると、オリジナルの方が「時代的な古さ」を感じるものの(これは欠点ではない)、だんぜんおもしろい。2002年リメイク版の方が映像技術としては進歩しているのだろうが、コンセプトのわかりやすさ、視聴者の心理誘導などの脚本力(?)ではオリジナルの方が勝っている。比喩的な言い方をするなら──「オリジナル版」と「リメイク版」は、「古いペンで書かれたおもしろい小説」と「最新のパソコンでタイプされた凡作」といったところ。あらためてオリジナル版の『タイム・トンネル』のおもしろさを実感した。

第3話『世界の終わり』
僕の「また見てみたい第2位」は第3話『世界の終わり』──1910年5月のハレー彗星大接近をモチーフにした回だ。これも『タイム・トンネル』シリーズの中で特に印象深いエピソードだった。
ダグとトニーが転送されたのは鉱山の坑道。落盤で閉じ込められてしまったトニーを助けるため、ダグは助けを呼びに行く。しかし町の人々は〝それどころではない〟ようすで、誰も手を貸そうとしない。《接近中のハレー彗星がまもなく地球に衝突して世界は終わる》──町の人たちはそう信じており、放心状態で丘に集まり空を見上げて祈ることしかできずにいたのだ。ダグは一人で坑道に戻り、トニーを助け出すが、まだ坑道の奥には200人以上の坑夫たちが閉じ込められていた。
ダクとトニーは、ハレー彗星は地球には衝突せず、被害は無いということを説明するのだが、町の人は、地元の権威・アインスレー教授が打ち出したハレー彗星が地球に激突するという説を信じ込んでいた。
ダグはアインスレー教授が自説を撤回すれば、人々も正気に戻り救助に手を貸すと考え、教授の説の間違いを証明するため、教授のいる天文台に乗り込む。トニーは町の人たちが集まる丘へ向かい人々を説得しようとするが、誰も相手にしてくれない。
一方2人の動きをモニターしていたタイムトンネル・スタッフは、ハレー彗星が地球に衝突しないことを証明できる装置(レーダースコープ)をダグに転送しようと試みるが、失敗に終わる。タイムトンネルの焦点をハレー彗星に合わせたことで、装置が影響を受けはじめ不安定になっていたのだ。
ダクはアインスレー教授と対峙し、教授の「衝突説」の間違いを指摘するために、データからハレー彗星の軌跡を計算を始める。しかし、その結果は「衝突」──教授の説を証明する結論に達してしまう。そこで、もし「衝突しない」とするなら、その原因として何が考えられるか──という仮説から、ダグは〝目に見えない未知なる大きな力〟が働いている可能性に思い当たる。ダグはその存在を確認するための仕掛けを作って、アインスレー教授とともに〝ハレー彗星を地球に激突する軌道から外す大きな力〟を観測。教授も「衝突は回避される」ことを認め、ダグとともに丘に向かい、集まっていた人たちに「ハレー彗星は地球にぶつかることは無い」と訴える。アインスレー教授の説明で人々も正気にもどり、坑道に閉じ込められた坑夫たちの救出に向かう。
タイムトンネル側ではハレー彗星の焦点を当てたことで、ハレー彗星を引き寄せるという奇妙な現象が起こっていた。ハレー彗星をモニターしたタイム・トンネルは巨大な掃除機と化し、スタッフが吸い込まれそうになる事態が発生。システムは制御不能となり、スウェイン博士が装置の一部を破壊することで、タイムトンネルはダウンし、ようやくハレー彗星の影響を遮断することができた。
1910年のハレー彗星を呼び込んでしまいかねない危険な事態を体験したスウェイン博士は、タイムトンネル計画の見直しに言及する。自分たちが作り上げたのは〝手に負えない怪物〟だったのではないかという思いから、この装置を使いこなす自信が無くなったというのだ。

ドラマの中で、スウェイン博士は《タイムトンネルがハレー彗星を引き寄せることで地球を危険にさらした》と考えているが、実は1910年に地球に衝突するはずだったハレー彗星の軌道を変えた〝未知なる大きな力〟は、他ならぬタイムトンネルだった──もし、タイムトンネルが存在していなかったら、1910年に『世界の終わり』があったのだ……という〝しかけ〟は放送を見ていた時にかなり衝撃的だった。
《制御不能になるとおそろしい結果を招きかねない未完成のタイムトンネルが人知れないうちに地球を救っていた》──というエピソードが、ある意味、パイロット版をしのぐインパクトとして残っていた。

この回では、悪夢から解放された人々が坑内に閉じ込められた坑夫たちを救いにくるところでダグとトニーは転送されている。この後、次の回に続くブリッジ・エピソードがあるのだが、この部分は日本では放送されていなかったのだろう。放送時には見た記憶が無いし、その部分では英語のオリジナル音声に日本語字幕スーパーがつけられていた。
転送された2人のうち、トニーが砂漠上に現れ、そこへ、タイムトンネルのスタッフがやってくる。そこは10年前のタイムトンネル基地の上(地上)だった。7年前から勤務していたトニーはスタッフを知っているが、10年前のスタッフはまだトニーを知らない。後から来たダグもトニーを知らないことで、トニーはパニックになる。不審物として射殺されそうになった瞬間、トニーは消え、ダグとともにホノルルの日本領事館に転送される──日本未放送の第4話『真珠湾攻撃の前夜』に繋がる構成(アメリカ版)となっている(日本版では次週放送は『トロイの神々』)。
短い部分だが、トニーがトニーを知る前のダグと会っていた──というエピソードがあったことは放送時知らなかったので、新鮮に感じた。

第6話『火山の島』
僕の「また見てみたい第3位」は『火山の島』──これは日本での放送では最終回(第28話)だったこともあり、またトニーがタイムトンネルに回収され、ついに現在の世界に戻ってくることができた──のに……というエピソードが印象に強く残っている。
ダグとトニーが転送されてきたのは大噴火がせまる火山島(クラカタウ)だった。転送によって突然出現する2人を目撃した現地人カルロスは、ダグとトニーを悪魔だと思い込み、島が怒っている(地震や噴火をくり返している)のは、この悪魔のせいだと考える。そして、この2人のアメリカ人を殺せば島の怒りは静まると信じてその機会をうかがうことになる。
火山に詳しいダグは、噴火が近いことを察知。島で火山研究をしている科学者ホーランド父娘の話で、そこが1883年8月下旬の火山島クラカタウであることを知る。大噴火は近い。ダグは避難先にジャワを選択し、ホーランド父娘に島から脱出するよう促すが、ホーランド博士は噴火はまだ先のことだとの自説を曲げず、娘は研究を盗みにきたライバル科学者の妨害工作だと疑って、取りつく島もない。
一方、タイムトンネル・スタッフもクラカタウの資料を集めて検討──ダグが選んだ避難先のジャワは危険域で、スマトラの高台が安全だということがわかる。スタッフのジェリーは、新しい回収法を提案──これまでダグとトニーの2人を同時に回収しようとして失敗してきたが、一人ずつエネルギーを集中して回収を試みるという方法だった。しかし未知のリスクがあるため、その場ではより安全な方法を考えようということになる。ところが島ではカルロスの指揮で現地人がダグとトニーを襲撃。このままでは危険だと判断したタイムトンネル・スタッフは、やむなく1人ずつ回収する方法を実行する。
この方法によってトニーは無事にタイムトンネル内に回収された──かに思われたのだが……トニーが戻った科学センターでは、時間が停止していた。スタッフは全てマネキンのように止まったまま動かず、トニーは過去と現在の間に凍結されてしまったことを理解する。ダクはまだクラカタウに残されている。トニーはメモ帳にクラカタウでの座標と時間を書き記し、ダグとそこへ行くので回収して欲しいとのメッセージを残すと、スタッフが集めたクラカタウの資料──安全な避難先の情報を手に、タイムトンネルで再びクラカタウに戻る。1度消えて再び現われたトニーの活躍で、戦いの形勢は逆転。首謀者カルロスが溶岩の中に転落したことで襲撃は終わる。
トニーが残したメモを見て彼が一度戻っていたことを知ったタイムトンネル・スタッフは、驚きを隠せない。カーク所長は確認のため、音声連絡を試みる。火山島でホーランドの娘を説得しようとしていたトニーは、彼女とともにカーク所長の声を聞く。〝未来からの声〟を聞いたホーランドの娘は、トニーが100年後の未来から来たことを知らされる。そしてようやくホーランド父娘も脱出に同意するのだった。
しかし、カヌーに全員が乗ることはできない。ホーランドに安全な避難地域の資料を渡すと、トニーとダグは島に残って指定した座標で回収を待つことになる。無事にホーランド父娘を送り出した後、2人は回収地点に向かう。タイムトンネル・スタッフは回収を試みるが、火山のエネルギーが影響し不発に終わる。回収することができないため、やむなく2人を別の時空間に転送したのだった。

タイム・トンネル-メモリアルBOX VOL.1 に収録されている第6話『火山の島』の最後──次回予告パートは第7話『トロイの神々』の冒頭になっているが、日本の放送では『火山の島』が最終回(第28話)となるため、番組の最後は『トロイの神々』冒頭部ではなく、亜空間の中を転送されるダグとトニーの(お馴染みの)映像が流れ、次のようなナレーションでまとめられている。


トニーとダグが回収されるチャンスはまたもや消え去り、2人は再び無限の時間の広がりに身を投じていった。このシリーズは一応終わるが、タイムトンネルは現在、未完成のままである。スタッフは今後もあらゆる実験を試みて、完成への道を目指してゆくだろう。タイムトンネルの完成──それは現代、いや、人類の永遠の夢といえるかもしれない。
(この日本版最終回エンディングは【特典映像】に収められている)

シリーズを通してトニーとダグの回収(現在への生還)が、目指す所であり、視聴者は、それがかなうことを願い固唾をのんで展開を見守ってきた。だから、ようやくトニーがタイムトンネル内に姿を表した時は、「ついに、その時がきた!」と興奮したものだ。しかし、タイムトンネル周辺の様子がおかしい。本来であれば大歓声で迎えられて良いのに、センター内は、しんと静まり返っている。トニー以外の時間が停止しているシーンは衝撃的だった。遠い過去や未来に転送されたときより、心細さ・孤独感のようなものを強く感じた。ハッピーエンドかと思っただけに、その落差が大きく、印象に残っている。

第4話『真珠湾攻撃の前夜』(英語音声+日本語字幕)
今回視聴したタイム・トンネル-メモリアルBOX VOL.1 には日本未放送の第4話『真珠湾攻撃の前夜(The Day The Sky Fell In)』が含まれていた。当然、テレビ放送では観ていなかったから「また見てみたい」ランキングには入っていないが、視聴してみると、これもなかなか感慨深いエピソードだった。
《転送先でトニーが、過去の自分や亡き父と対面する》というシチュエーションで、「こんなドラマチックな回が制作されていたのか」と驚いた。

トニーとダグが転送されたのは、日本が真珠湾に奇襲攻撃をかける前夜のホノルル日本領事館だった。総領事は大事の前に騒ぎを起こしたくないという理由で2人を帰すが、尾行をつけ、スパイだとわかれば殺せと命じていた。
トニーは少年時代に、海軍の少佐だった父とその地で過ごしたことがあり、父は真珠湾攻撃で行方不明となっていた。しかし……真珠湾攻撃の前日には父は生きている──トニーは当時の記憶を頼りに父親に会いに行き、そこで子どもだった自分とも出会うことになる。トニーは身元を明かさずに、父親に奇襲攻撃があることを告げるが、信用してもらえない。日本側の尾行は日本の機密情報を知っていたトニーとダグをスパイだと判断。どこから機密情報を得たのか情報源を確かめるために2人を捕えて尋問する。殺される間際に2人はなんとか脱出。空爆で破壊されることになる家から、子どもだったトニーと友だち家族を避難させ、トニーは父親を捜すが……少佐は海軍の通信所で空爆を受け、重傷を負っていた。彼はトニーとダグの助けを借りながら、最後の重要な通信をはたすと、トニーの腕の中で息を引き取った。

他の回とはひと味違うドラマチックなエピソードだったが、《視聴者が感情移入し応援している主人公──その父親が日本軍の奇襲攻撃で殺される》というショッキングな内容であったために、日本では視聴者の国民感情をおもんぱかって放送が見送られたのだろう。
この回について、トニー役のジェームス・ダーレンは【特典映像】のインタビューで次のように語っている。


劇中で私は幼い頃の自分に会い、父と対面した。父は攻撃で亡くなったから十年ぶりの再会だ。この役を演じられて役者として誇りに思っている。すばらしい物語だった。私のお気に入りの作品だ。今ふり返っても、真珠湾のエピソードには特別な思いがある。

日本で未放送となった理由もわからないではないが、主役自身もお気に入りだという回が放送されていなかったのは残念だ。もし子どもの時に見ていれば、このエピソードも「また見てみたい」回の1つに入っていたことだろう。
ちなみに日本未放送の回はもう1つあって、それはメモリアルBOX VOL.2 の方に収録されている(第17話:生死を賭けたゲーム/南硫黄島での残留日本兵との奇妙な戦争ゲーム)。

──以上が、『タイム・トンネル』で「また見てみたい」エピソード・ベスト3+1の概要と感想。
メモリアルBOX VOL.1の第1話〜第15話までを久々に鑑賞したが、子どもの頃に見て感じていたのと、おおむね印象は同じだったように思う。子どもの時におもしろいと感じながら見ていた回は、今観てもおもしろい。「今週は今ひとつ盛り上がりに欠けていたなぁ」と感じた回は、今回視聴してもそう感じた。
また、テレビ放送時、子供心に「おかしい」と感じるところもあって……例えばエピソード中にその時代の服に着替えていたダグとトニーが、転送時に突然元の服装に戻るシーンや、タイムトンネルに映し出される映像が、映画のようにカメラ割りされていることなども「ヘンだ」と感じていた。今回視聴していて、ああ、昔も、この場面でこんな「ひっかかり」を感じながら見ていたなぁ……と思い出しすこともいくつかあった。
考証や整合性という点では色々とツッコミ所はあるが、それをものともしない(?)面白さに満ちあふれた作品だったように思う。
今制作するとしたら、こうした味わいは出せないだろうという時代感(古さ?)も含めて、好感が持てる優れたエンターテイメント作品だったことを改めて確認することができた気がする。



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擬態の達人コノハムシ~TV番組

擬態のスペシャリスト・コノハムシ


「《擬態》で思い浮かぶ生き物といえば?」──そんな質問をし集計をとったら、コノハムシはおそらくかなり上位にランキングされるだろう。
葉にそっくりな姿で知られるコノハムシ──実際に見たことがある人は少ないだろうが、その存在は多くの人の知るところだと思う。
以前、タイ産コノハムシ(画像)を飼育したことがあったが、その擬態っぷりには驚くばかりだった。姿が木の葉に似ているのは見ての通りだが、とまり方がまた絶妙だったりする。

コノハムシは必ず腹面を上、背面を下に向けてとまる。ポジションもうまく葉にまぎれる位置を選んでいる。

単に体の形を葉に似せているというだけではない。体を葉のように薄くすれば、ふつうならばどうしたって内蔵が(透過光で)透けて見えてしまう。いくらボディーラインを葉に似せても、内蔵の影が透けていたのでは、そこにいるのがバレバレ。ところが、コノハムシは通常のとまり方をしたときのみ内蔵の影が透けて見えないようになっている。


そして視覚的な擬態だけではなく、おそらく化学擬態もしておりニオイもホストの植物に似せている──というのは、次のようなエピソードがあったからだ。

コノハムシは食べる葉(種類)が限られている。他の葉を与えても食べなかったのだが……あるとき、なんとキッチンペーパーを食べた個体がいた。キッチンペーパーにはコノハムシの糞(ほのかにエサの葉のニオイがする)の染みがついており、この染みにそって食痕が残されていたのだ。

食草以外の葉は食べようとしなかったコノハムシがキッチンペーパーを誤食した──これは《コノハムシがエサとなる葉を「ニオイ」で識別している》ということなのだろう(だから、そのニオイが染みたキッチンペーパーをエサの葉と誤認した)。
誤食といえば……コノハムシの密度が高くなると、他の個体の体を齧ってしまうという事故が起きる。最初はケンカかとも思ったのだが、どうもそうではないようで……どうやら《仲間の体をエサの葉と誤認して食ってしまう》らしい。


①《コノハムシはエサとなる葉を「ニオイ」で識別している》
②《仲間の体をエサの葉と誤認して食ってしまうことがある》

──この2つのことから、《コノハムシの体はエサの葉と同じニオイがする》ということが推察できる。コノハムシは容姿をホストの葉に似せているだけでなく、ニオイも似せてアリなどを欺いているのではないか──僕はそう考えるようになった。

コノハムシの木の葉への擬態の完成度には感心するが、さらには……自らを木の葉に似せているばかりか、周囲の木の葉を自分に似せて加工している可能性すらある。
ふつうに考えると、葉を食べる虫は食痕をあまり残し(広げ)たがらないのではないか? 食痕は天敵が獲物を見つけるさいの手がかりになるだろうから、食い散らかしてあちこちに食痕を拡大させるより、食い始めた葉はキチンと食べて(処理して)次の葉に移った方が手がかり(食痕)を少なく抑えられる。チョウやガの幼虫には寝床(?)と食事の葉を分けているものもいるようだが、これも食痕の近くにいると寄生蜂などの天敵に見つかりやすくなるため、その危険回避の行動という気がする。
ところが、飼育していたコノハムシは食痕を残したまま他の葉を食い始めたりしていた。最初は食べ散らかして行儀が悪い虫だと思ったのだが……コノハムシが葉を齧ったあとのカーブはコノハムシの脇のカーブに似ている。つまり、コノハムシは《コノハムシの食痕のある葉》のように見えるわけだ。

(※【コノハムシ~卵から成虫まで~】より再掲載↑)
《コノハムシの食痕のある(コノハムシに似た)葉》が散在することで、コノハムシ本体がそれにまぎれて、どこにいるのか見つけにくくなる効果があることに気がついた。これは《周囲の葉を自分に似せて加工する事で自らのカムフラージュ効果を高めている》とも言えるわけで──自らの体を葉に似せる一方、周囲の葉を自らに似せているとすれば、これぞ《擬態》の奥義という気がする。


コノハムシがテレビ番組で取り上げられる!?

こんなユニークな昆虫・コノハムシの記事を過去にいくつか投稿しているが、最近(先月初旬)、テレビ番組の制作スタッフの方からコノハムシの画像を使わせて欲しいという連絡があった。許諾していくつか画像をお送りしたので、番組内で1枚か2枚、使われるかもしれない。
その番組とはテレビ東京のリトルトーキョーライフ(毎週水曜日24:12~25:00)というバラエティ番組。来週の「へんないきもの」というテーマの回でコノハムシの画像が使われるらしい。
番組ホームページの「次回予告」には──、

2018年9月26日(水) 24時12分~
食事中に餓死!?「へんないきもの」について質問!!

▽負けたら性転換!!性別をかけた交尾とは!?
▽食事中に餓死する生き物とは!?
▽ゾウは耳と○○○で音を聴く!?
▽擬態がヘタクソすぎる生き物とは!?ほか

出演者
【MC】
 Hey!Say!JUMP
 川島明(麒麟)
【アシスタント】
 繁田美貴(テレビ東京アナウンサー)
【師範】
 早川いくを

番組概要
「質問道場」とは…知っていそうで、意外と知らない世の中の事。その道に詳しい師範(専門家)を招き、Hey!Say!JUMPとジャニーズWESTが質問攻め!「良い角度の質問」をするセンスを競い合う!はたして、どんな質問が飛び出すのか…!?


──とある。
果たしてコノハムシの話題がどれだけ取り上げられるものか……僕はテレビを離脱しているので、放送内容を確かめることはできないが、コノハムシのアッパレな魅力が紹介されることを期待している。
そんなことがあったので、あらためてコノハムシのことを記してみた。