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プチ読字障害!?読むわずらわしさ

01読字障害

同じことをしていても、人によって脳味噌の使い方に違いがあるらしい。僕の場合、読み書きに関する感覚が、どうも他の人たちとは違うのではないか……と思うことがある。
僕は基本的には〝読む〟のがおっくうだ──2つに分ければ読書嫌いの部類だろう。しかし面白いハナシを鑑賞したり創作しするのは好きなので、それを実行するためには読んだり書いたりしなくてはならない。だから、しかたなくしているところがある。
「面白い内容を楽しむために、おっくうな読書をする」というのは例えてみれば、「欲しいものを得るために、面倒だけど出かける」といった感覚に近い。満足できるものが手に入れば少々遠いところまで出かけても「その価値があった」と納得できるが、読んだ内容が期待はずれだと、近場でも(短い読書でも)「無駄足だった」という不満と徒労感が残る。
インターネットの動画ニュースでは、動画で語られるナレーションがそのまま文章でも掲載されているが、文章を読むよりナレーションを聞く方が、はるかに楽で、すんなり頭に入る。同じ内容でも文章で読むのはわずらわしく感じる。

これに対し、読むこと自体を好む人がいる。活字中毒を自認する人は、手近にある活字は広告の隅々まで読まないと気が済まないらしい。読むものが無くなってしまうと渇望感すら覚えるという。
僕の知人には読書家が多いが、そんな1人と一緒に本屋に入ったときのこと。彼女は小説の書架の前に立つと、「この棚では、これとあれとそれと──」と数冊を指差して「読んだことがある」と言うのかと思いきや、「それ意外は全部読んだ」と言うのでたまげたこともあった。その人は学生時代、図書室にある小説を全部読破してやろうとおそろしいことを企てたことがあったそうな……。
〝読む〟ことをわずらわしく感じる僕には想像もできないことである。

小説というのは、読んでみないと内容が(おもしろいかどうかが)判らない。僕の場合「苦労して読んだのにおもしろくなかった」という無駄足感にイラつくことが少なくない──わざわざ遠くからやって来たのにお店が休みだった──みたいな感覚である。内容の価値は読んでみないとわからない──これは仕方が無い「リスク」として割り切って本を買うのだが、期待ハズレだと、やはり損した気分になる。せっかく買った本を最初の頁を読んで〝積ん読〟に回すことも多い。買った本を読まないというのはムダのようだが、面白くない本を最後まで読むのは、さらなる時間と労力のムダ──徒労の上塗りになる。そんな時間と労力があるのなら、次の「面白いかもしれない本」に回すべきだという判断が当然のように働く。
そんなだからガッカリするリスクの高い未読本に挑戦するより、かつて読んで面白かった本を読み返すことが多くなり、読書量は増えていかない……。
おそらく、普通の(?)読むこと自体に苦痛を感じない人・読むことが好きな人は、面白くない本を読んでも、さしてダメージは受けず、だからどんどん新作が読めるのではなかろうか。

〝書く〟方に関して他の人と違うと感じたのは──僕は学生時代、英語を書くときには決まって活字体を使っていた。他の生徒は筆記体で書いていて、その方が書きやすいのだろうとは思っていたが、僕は筆記体で書いた記憶が無い。教科書に掲載されている〝覚えるべき英単語〟は〝活字体〟で表示されているのだから、英単語を覚えるときは、紙面の(活字体の)〝字づら〟で記憶する。だから、書く時も当然覚えた〝字づら〟を再現するのだから活字体になる──といった感覚。活字体の字づらで覚えた単語を筆記体に変換するのが面倒なので、書くのに若干時間はかかっても活字体で書いた方が楽という感覚があった。

読書中の内なる声!?】の中でも記したが、僕は文章を読んでいるとき、頭の中に音声は再生されない(黙読で頭の中に文章を読み上げる「声」が聞こえる人は8割以上いるらしい)。僕の場合、文章の中に出て来る「高山」は「たかやま」でも「こうざん」でもなく「高山」という字面のまま読んでいる。
昆虫の標準和名もカタカナの字面で覚えているので、その虫を見た時、すぐに言葉に出てこず、頭の中にカタカナの文字列を思い浮かべて、それを読んでやっと音声を思い出すといったことも少なくない。

これと関係がありそうな気もするのだが……パソコンの入力も、僕はワープロ時代から今に至るまでずっとカナ入力をしていてる。ローマ字入力を覚えればタイプも早くなるだろう──と思うものの、頭の中で日本語の音をローマ字に変換するのがわずらわしいために、ずっと敬遠し続けてきた。

《読字障害》という言葉を知ったのは、しばらく前に見たテレビ番組だった。聞いたり話したりすることは普通にできるのに読み書きだけがうまくできない障害のことだ。読むことに労力を要す──という意味では、(程度は深刻ではないが)僕にもそのケがあるのではなかろうか……などと思った記憶がある。
《読字障害》で検索するとWikipedia では【ディスレクシア】として取り上げられていた(今は《ディスレクシア(dyslexia)》の方が通りが良い?)。その記事によると、顕著な例として数字の「7」と「seven」を同一のものとして理解が出来ないことが挙げられていた。これは僕が学生時代に「活字体」と「筆記体」を紐付けることにわずらわしさを感じていたということと、若干似ている……。

僕が《読字障害》を知った番組は録画してあったので久しぶりに見てみた。2008年10月12日に放送された『NHKスペシャル 病の起源 第4集「読字障害~文字が生んだ病~」』という番組だった。
《読字障害》は、アメリカでは10人に1人、日本では20人に1人いるという。
ヒトの脳には話したり聞いたりするための専門領域(言語野=ウェルニッケ野+ブローカ野)は備わっているが、書いたり読んだりするための専門領域というのは無く、読み書きの情報処理は既存の機能を代替利用してなんとか運用しているのだという。

具体的には言葉を処理しているのは左脳で、音声の場合、耳から入った音情報は聴覚野に届き、ウェルニッケ野からブローカ野に送られて言葉の意味が理解される(ウェルニッケ野とブローカ野が言語野と呼ばれる領域)。
文字の場合は、目から入った文字情報は視覚野で形が識別され、39野・40野で音の情報へと変換されて、ブローカ野に届くと初めて言葉の意味が理解されるのだという。39野・40野というのは視覚情報・聴覚情報・体性感覚情報を統合する高度な情報処理領域らしい。読字障害の人は、この39野・40野が充分に機能しておらず、文字を音にうまく変換できないために言葉の理解が困難になるということが起こるらしい。

僕の場合は「高山」という文字を見て「たかやま」あるいは「こうざん」という音に変換しないで認識しているから、39野・40野の「音に変換する」役割りは(普通の人のようには)機能していないのかもしれない。しかし「音に変換する」プロセスをショートカットして意味は理解できているのだから、深刻な読字障害の人ともまた違う情報処理の仕方をしているのかもしれない。

ところで読字障害の人は読み書きでは苦労するが、立体的な把握をする能力には長けている傾向があるという。39野・40野の活動が低いのを補うためか、右脳の活性が普通の人より高いことが確かめられているそうだ。図形の認識や空間の把握、芸術性・創造性をつかさどる右脳の活性が高まることで、そうした能力を発揮する人も少なくないという。
パブロ・ピカソ、トーマス・エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アルベルト・アインシュタインなども読字障害だったらしい。

読み書きは不得手だが、空間認識の能力は高い──プチ読字障害っぽい(?)僕にも、ちょっと思い当たることがある。
以前、『たけしのコマネチ大学数学科』という数学バラエティー番組があって、よく視聴していた。冒頭で出題される数学の問題を北野武と現役東大生チーム(2人)とたけし軍団が競って解くという番組。僕は数学が得意なわけではないが、数学の問題というのは解き方を教わったことが無くても、考えれば解けることもある。もちろん解けない問題も多く、ときには問題を理解することすらできないこともあったが、まれに北野武や現役東大生チームより早く、あるいは彼らが解けなかった正解に到達することができることがあった。それらは立体的な図形に関する問題であったり、解き方のプロセスで図形に置き換え空間的イメージで考えたものだった。図形や空間に関連して解くことができる問題であったことを考えると、僕もやはりそのケ(読字障害?)があるのかもしれない。

このブログでは、たびたび空目ネタをとりあげているが、視覚的な類似ポイントに反応してしまうというのは、これもプチ読字障害による右脳の活性化と関係があるのかもしれない?
ぷち地蔵アカシマサシガメQuiz】あたりは、もしかしたら読字障害の人の方が理解しやすい問題だったかも?──なんて気もしている。


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佐藤さとる『てのひら島はどこにある』復刊版

てのひら島表紙新旧
※佐藤さとる・作/池田仙三郎・絵『てのひら島はどこにある』(理論社)の復刊版(2016年版/左)とオリジナル版(1965年版/右)の表紙。この作品に対する感想は以前記しているが、復刊版(復刻版)を入手したのであらためて記事にしてみる。

『てのひら島はどこにある』は僕が小学生の時に出会った感動の1作。佐藤さとるといえば『だれも知らない小さな国』が有名だが、その原型となったのが当時未完成だった『てのひら島はどこにある』の構想といえる。
『だれも知らない小さな国』は素晴らしいファンタジー作品だが、この作品を生み出すに至った本質的な作者の動機はむしろ『てのひら島はどこにある』で色濃く感じられる。小学生だった僕はそこに心を打たれた。

『てのひら島はどこにある』の構想は『だれも知らない小さな国』よりも前からあって、作者が若い頃から育んでいた愛着のあるものだった。しかし書いては頓挫するということをくり返し、なかなか完成に至らなかったという。そこで心機一転、設定を変えてあらたに構築し直したのが『だれも知らない小さな国』だった。『だれも知らない小さな国』は素晴らしい作品としてみごとに昇華をはたし、多くの人に愛された。僕も好きな作品である。しかし、設定を新たにしたことで、作品は微妙に(?)変質し(『だれも知らない小さな国』はファンタジーだが『てのひら島はどこにある』はファンタジーではなかった)、『だれも知らない小さな国』では掬い上げることができなかった大事なものが、じつは旧構想の中に取り残されていた……。

『だれも知らない小さな国』(1959年)を書き上げた後、旧構想の中に置き忘れてきた大事なものがあったことに佐藤さとるは気づき、その強い未練から旧構想を捨てることができず、「これはこれでまとめておかなくてはならない」と考えて『てのひら島はどこにある』(1965年)を完成させたのだろう。
理論社・刊の『てのひら島はどこにある』には僕が出会ったオリジナル版(1965年)と今回入手した復刊版(2016年)の間に林静一の挿絵による愛蔵版(1981年)が出版されているのだが、そのあとがきで佐藤さとるは次のように記している。

ほとんど十年を経て、私はこの物語の構成を捨て、あらためて長編を1つ書きました。「だれも知らない小さな国」(講談社)で、基本的には同根の作品だと、私も思います。しかし、私にはまだ渇きに似た思いが残りました。〝てのひら島〟にまつわる物語は、私の心の中から消えていなかったのでした。

名作『だれも知らない小さな国』では影が薄くなってしまった〝当初の本当に描きたかったもの〟が『てのひら島はどこにある』では良い感じで描かれている──当時小学生だった僕はそこに深く感銘を受けたのである。
具体的にそれがどういうものかは【佐藤さとる『てのひら島はどこにある』の思い出】で詳しく述べているのでここでは割愛。

僕にとって感動の一冊となった『てのひら島はどこにある』──当時定価480円だったハードカバーは、大事に保管していて、読み返し用には講談社文庫版などを揃えていた。手軽に読めていた文庫版も、最近では老眼が進んで小さな字を読むのがしんどくなってきた。そんなこともあって、きれいで見やすい復刊版(本体価格1400円)が欲しくなった。挿絵は池田仙三郎──僕が初めて読んだ当時のもので懐かしい。池田仙三郎は佐藤さとるの同人誌「豆の木」時代からの仲間で、旧制中学の同窓(池田が3年先輩)という間柄だったそうだ。
2016年の復刊版も市場では品薄になっているようで、入手できるうちに手もとに置いておかねばと購入した。
この素敵な作品が増刷され、さらに多くの人たちに読まれる機会が増えることを願って、改めて記事にしてみたしだい。

余談だが……物語の中では〝ハナアブに似た女の子〟という設定のおこり虫・プンだが(表紙の右側に描かれているのがプン)、挿絵では(池田仙三郎の絵や、講談社版の村上勉の絵でも)翅が4枚描かれている(アブは双翅目なので翅は2枚)。画家のお二方とも〝昆虫の翅は4枚〟という認識で描かれていたのだろう。


佐藤さとる『てのひら島はどこにある』の思い出
作品評・感想など(映画・本)〜目次〜
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昭和世代の浦島太郎感!?

さらばADSL
僕はこれまでアナログの電話回線を使ったADSL(インターネット回線)をしぶとく利用してきた。ところが、ADSLは既にサービスの終了が始まっているらしく、遅くとも2024年には日本全国でサービスが終了するという。
テレビがアナログ放送から地デジ化にシフトした時には地デジ難民となって(?)、現在もテレビの無い生活を続けているが、これはひょっとすると、ADSLの終了とともにインターネット難民になるかもしれない……などと、いささか不安に思っていた。
これまでも時代とともに変化する記録媒体には翻弄され続けてきたが、通信方式の変化も、なかなかどうしてあなどれない。
今さら光回線の工事をするのもどうかと思っていたところ、電波を利用する(工事不要の)方式があると知って、SoftBank Air というのに乗り換えた。

僕が幼少の頃には家に電話機は無かった。いつからか〝家の電話〟ができ、やが〝自分の電話機〟を持つようになった──当時は携帯電話などなく、ダイヤル式の据え置き電話である。
ワープロ(日本語ワードプロセッサ)を導入したときには電話回線を使ってワープロ通信なんぞを利用していた時期もあって、すごい時代になったものだと感心していたが──それもつかの間、パソコンの登場&普及でワープロ時代はあっという間に終焉を迎えることとなる……。そのパソコンの通信環境もずいぶん変わってきたわけだ……。
気づいてみれば、世の中はずいぶん様変わりしている。ときどき「なんだか浦島太郎になったみたいな気がする……」と感じてしまう昭和世代は僕だけではあるまい……。


うつろう記憶媒体〜失われし記憶ハ痛イ〜
テレビが終わる日
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山形県はローマ人顔!?

空目:山形県はローマ人顔!?
緊急事態宣言の解除にともない、多くの人が懸念・予想していた新型コロナの第4波。感染者再拡大のニュースを関心を持って見ているが、山形県のニュース画面を見ていて──、
01山形県
山形県の形が〝人の顔〟に見えてしまった。
02ローマ人顔@山形県
画面左を向いたローマ人風に見えるのは僕だけ?



空耳ならぬ空目アワー
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小学生時代にハマった鉄棒わざ

01小学鉄棒技

鉄棒はシンプルにして創造性が高い遊具
僕が子ども時代を過ごした昭和はだいぶ遠くなってしまった……歳を重ねるごとに遠のいていく……はずの子ども時代の記憶がむしろ近づいてきたように感じる昨今──その理由は【記憶層と忘却の浸食】などで持論を記した。
そんなわけで思い出す頻度が増え、脳内再生される機会が増えたことで記憶回路が強化され、脳内検索順位が上がってきた感もなきにしもあらず。
先日は小学校時代に鉄棒で「飛行機とび」が禁止になったいきさつを記事にしたが、当時僕が得意にしていた鉄棒技をいくつか紹介してみることにする。体操競技のような正式なものではなく、あくまでも小学生の《遊び》としての鉄棒である。
当時は《ゲーム機》などなかったから、今と比べれば遊ぶ道具も少なかった。《鉄棒》は「体を支えることができる1本の水平な棒」──ただそれだけのいたってシンプルな遊具。コンピュータを駆使した昨今の複雑な遊び道具の対極にあると言えるだろう。このシンプルな器具を使って、どんなことができるかという可能性を模索し、目指す技をどのようにクリアするかを考える──鉄棒を使った運動は《創造性の高い遊び》だったのではないかという気がする。物理法則に支配される中で、自分の体を使って目指す技術を修得する──その過程で失敗や工夫をくり返しながら運動の理解を深め、力学感覚を養ってきた印象が無くもない。

小学生時代に使っていた鉄棒技
小学生の時は鉄棒ブーム(?)が何度かあって、鉄棒ではでよく遊んだ。飛行機とびブームもその1つで、これが僕のクラスメイトの起こした事故によって禁止された真相は先日記した通り。
僕が鉄棒で最初に覚えた〝わざ〟と意識した運動は「逆上がり(さかあ)がり」だったように思う。いつ、どのようにしてできるようになったのかは記憶に無いが、小学校の低学年のときにはマスターしていて、高鉄棒にぶら下がった状態から行ったり、連続して何度も回ったりして〝得意技〟のような意識を持っていた。
小学3〜4年生の頃だったろうか……あるとき公園の鉄棒で遊んでいると、中学生か高校生くらいのお兄さんがやってきて、鉄棒で見たこともないすごい技を披露した。低鉄棒を両手でつかみ、その上を前方転回して飛び越えるといった技だった。
これが当時の僕にはかなりインパクトがあった。僕の〝得意技〟に比べて、なんと華麗でダイナミックな技であろうか!?──この技に一目惚れして、そのお兄さんに今のは何と言う技なのかたずねてみたところ答えに窮して(技の名前なんて考えたことが無かったというような顔をして)、ちょっと考えてから「さかちょうばとび」と答えた。当時は何のことかわからなかったが、「ちょうば」というのは体操競技の跳馬のことだったのだろう。逆さになって跳馬のように跳ぶから「逆(さか)跳馬とび」と答えたのではないかと思う。
動き自体はマット運動の「ヘッドスプリング」という技に似ているが、鉄棒で行うこの技では手だけを使って頭は使わない。「ハンドスプリング」という技もあるが、これは「前方倒立回転跳び(前転跳び)」のことで、腕を曲げずに行うのでちょっと違う。「逆(さか)跳馬とび」は腕を深く曲げ、それをのばす力を使って跳ぶのだから、今あらためて考えてみると【屈腕前転跳び】あたりが妥当な呼称ような気がする。正式な(?)技の名称は知らないが、後にプロレスラーがトップロップ越しにリングインするときにこの技を使っているのを見たことがあった。

屈腕前転跳び
低鉄棒を両手でつかみ、前方転回して飛び越える技。
02屈腕前転跳び
①低鉄棒を順手で握り
②頭から飛び込むように鉄棒を超えながら
③たわめていた体をはじくようにのばし
 同時に曲げていた腕をのばして鉄棒を強く押して体を浮かす
④着地

この技をなんとしても修得したい──そう思って練習したのを覚えている。小学中級だった僕には腕力が不充分で苦戦したが、なんとかできるようになった。学校の鉄棒で技に磨きをかけていると「教えてくれ」というクラスメイトが現われ、ああでもない・こうでもないと助言をしながら技の理解を深めた気がしないでもない。腕の力だけでは体を跳ね上げることができない子には、手順として逆手で狭く鉄棒を握り、両肘を腹にあてて前腕をつっかえ棒のように使って体を浮かせたまま前転することを教え、それができたら、前転の後半で背筋を使って跳ね起きるようにアドバイスしたことを覚えている。僕は順手でこの技を行っていたが、片逆手に握って空中で半ひねりしたりもしていた。

ふりこ/コウモリ降り
両膝の裏側(ひかがみ)を鉄棒にひっかけてぶら下がり、体を振って、そのまま手を使わずに地面に直立で降り立つという技。
03ふりこコウモリ降り
①両膝の裏側(ひかがみ)を鉄棒にひっかけて体を振る
②背面方向へ大きく体を振って
③体がふり上がりきるタイミングで足を放し
④着地

「振り子」のように体を振ることからだろう──僕らは【ふりこ】と呼んでいた。足で逆さにぶら下がることから【コウモリ】とも呼ばれていた。当時の小学生の感覚ではアクロバティックな動きに見えた。「飛行機とび」と並んで、当時、子ども達の間ではポピュラーなワザだった。
見た目は派手で、そのわりに難易度は低かったので人気のある技だったが、【ふりこ】は鉄棒に逆さにぶら下がるという予備動作がカッコ良くない……ちょっとヤボったい印象もあった。これをよりスマートで派手な形に発展させたイキな技が【バックコウモリ】だった。

バックコウモリ
高鉄棒に腰かけた状態から膝裏に鉄棒をひっかけ、両手放しで後方へ回転し【ふりこ/コウモリ降り】へ移行する見映えのする降り技。
04バックコウモリ
①高鉄棒に腰かけ鉄棒を握る
②腰を後ろにずらして鉄棒に両膝の裏側(ひかがみ)をひっかける
③手を放し後ろに倒れこみ【ふりこ】につなげる
④着地

鉄棒の上に腰掛けた状態から、一気にふりこ(コウモリ降り)に移行する技。ひかがみに鉄棒をひっかけたあとは手を放して回転に入る。後方に回転してコウモリ降りをするので、僕らの間では【バックコウモリ】と呼んでいた。最初は両手を放しで後方に倒れ込むことに不安があり、怖さをともなう。この怖さのハードルを一段下げた【前転コウモリ】という技もあった。スタートは同じ、鉄棒の上にこしかけた状態で、鉄棒を逆手に握ってひかがみにかけると、手で鉄棒をつかんだまま、前方に4分の3ほど回転する。そして前方の回転力が失われて後ろにふり戻されるときに手を放してふりこ(コウモリ降り)に移行する技だった。
また【バックコウモリ】の発展技として、足を放すときに体を半ひねりし(着地せずに)再び鉄棒をつかんだり、足を離さずに手放しのままさらにもう1回転して降りるといったこともしていた。

ふらこ/静止ふりこ
【ふりこ(コウモリ降り)】では、逆さになった状態から体を振ることで生まれる回転力を利用して足から着地していたが、これを静止した状態で行う技が【ふらこ】である。《振らないで行う【ふりこ】》の意味で【静止ふりこ】とも呼ばれていた。
見た目は【ふりこ】に似ていて、より地味な技だったが、ふりことは全く別の原理で成立する意外に難易度の高い技だった。「振りの少ない【ふりこ】」の延長と考えて練習しても決してできない。夕方、誰もいなくなった公園で顔から落ちたりしながら試行錯誤した思い出がある。今回紹介する技の中では一番難しく、マスターするのに苦労した。
05ふらこ
①鉄棒に両膝の裏側(ひかがみ)をひっかけてぶら下がるのは【ふりこ】と同じだが、【ふりこ】が脱力して体を伸ばして行うのに対し、腰をくの字に曲げて重心を引き上げて体を締める。
②曲げていた膝をはじくように勢いよく伸ばし、同時に腰は深く曲げる。膝から下の強い振り込みがひかがみで鉄棒を押す力となって、わずかな回転力が生まれる。
③顔が地面に落ちるまでのわずかな間に足をひきつけて地面。

【ふりこ】では《振りによる回転力を利用する》ため鉄棒の前方に(鉄棒を背にして)着地するが、【ふらこ】では《ひかがみが鉄棒を押す力を回転力とする》ため鉄棒の後方にとばされて着地する。膝から下の一瞬の強い振り込みが必要で、着地した後には鉄棒がビィ〜ンと(他の技では見たことがないほど)振動していた。

ジェンマ降り
高鉄棒の上に腰掛けた状態から、両手を放したまま、膝裏で鉄棒をフックすることもなく、そのまま後方回転して着地する技。
06ジェンマ降り
①高鉄棒の上に浅く(尾てい骨に近いところで)腰掛ける
②下半身を残すイメージで、上半身を(重心をなるたけ鉄棒の上に残すようなつもりで)後方に倒していく
③上半身を倒して反ったところで(すでに後方回転力が発生している)
④下半身を引き寄せ、下半身を振り込む反動で(お尻で鉄棒を押して)、後方へ回転
⑤着地

同じように高鉄棒の上に腰掛けた状態から開始する【バックコウモリ】では膝裏(ひかがみ)に鉄棒をひっかけて回転するが、この技はひかがみフックもなしに──両手放し&両足放しのまま後方回転を行う。体の支えが無い不安・恐怖から、【バックコウモリ】よりも度胸を要する技だった。僕がこの技をマスターしたのは小学5年生のときで、当時はこの技にこれといった名前はついていなかった。中学生になってマカロニ・ウエスタン(イタリア製西部劇)の『南から来た用心棒』という映画の中でジュリアーノ・ジェンマがこの技を披露していたのを知って、その後は【ジェンマ降り】と勝手に呼んでいる。

07Gemma空中回転撃ち
※【G・ジェンマの《空中回転撃ち》@南から来た用心棒】より

鉄棒のマイブームは小学生時代で終わった。中学・高校では鉄棒のないところでの宙返りに関心が移った。それが高じて後にこんなことをするに至ってしまったのであった……。

※【ミラクル☆スター〜実写版〜】から撮影風景⬆

記憶層と忘却の浸食
飛行機とび禁止の意外な真相!?
逆上がり
G・ジェンマの《空中回転撃ち》@南から来た用心棒
ミラクル☆スター〜実写版〜
ヒーロー的宙返り
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