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『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』と出演覚書

今ではすっかりテレビのない生活に慣れてしまったが……もう四半世紀以上も前に、冗談半分に作った映像作品でテレビ番組に出たことがある。この番組を検索してみたところ、Wikipediaにも情報がまとめられていたが、いくつか間違いも見受けられた。そんなこともあって、この番組と僕が出演した回の覚書をあらためて記しておくことにした。

『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』通称『えび天』出演覚書



平成名物TV『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』──通称『えび天』は、1991年1月12日~1991年9月28日にかけてTBSテレビで毎週土曜日の深夜24:40~27:00(日曜日午前0:40~3:00)に放送されていた映像作家発掘番組。ミュージシャン発掘番組『三宅裕司のいかすバンド天国』──通称『イカ天』の後継番組ということで、(『イカ天』に対して)『えび天』になったのだろう。<映像><美学><造形><理念>──この頭文字をとって「えびぞり」という説明が番組内でなされていた。
司会は三宅裕司と福島弓子(TBSアナウンサー)。毎回10組の自主制作映像作品(基本的には3分以内)が紹介され、映像関係者やゲストからなる「えび天選考委員(えび選)」が審査する。優れた作品を制作した監督には特典が与えられ、番組でプロデビューの後押しをすることになっていた。ゆるいものからキアイの入ったものまで……個性豊かな作品&監督が集まり、見ていて楽しいバラエティ色の強い番組だった。


番組のシステムとしては──監督は「銅」からスタートし(番組採用時点で「銅」は確定)、「銀」「金」と段階を経て「巨匠」に挑戦することができる。銅賞監督には銅メダル、銀賞監督には銀メダルと編集機材、金賞監督には金メダルと映像機器&賞金50万円が贈られる。そしてみごと「巨匠」になると副賞は「夢」(の実現)──劇場公開映画Vシネマの監督ができる──というものだった。
番組では1組ずつ監督&作品が紹介され、作品上映後に「えび天選考委員(えび選)」が講評する。評価の目安として「えびせんボード」と呼ばれるパネルに《えびせん》全員の印象が表示される。「えびせんボード」は、アイディア/コンセプト/テクニック/パッション/インパクトの5項目からなり、いずれかの項目で満点がつくと「パーフェクト賞」として監督3点セット=ディレクターチェアー・メガホン・ストップウォッチが贈られる(受賞監督の首にはメガホンがかけられた)。
(逆に全ての項目で一つもボタンが押されなかった場合「逆パーフェクト賞」という見舞金(?)のようなものが出る制度が番組の途中から加わり、三宅裕司氏のポケットマネーから2万円が与えられた)
10組の作品が全て紹介された後に《えびせん》によって協議が行われ、番組の最後にそれぞれの監督に対して「金」「銀」「銅」の判定結果が発表される。

僕が出演したのは第6回(1991年2月16日 24:40~27:00放送)。上映された作品は『ミラクル☆スター』──変身ヒーロー・怪人・カメラマンを一人で兼ねたスーパーヒーロー・アクションだった。


『ミラクル☆スター』上映後のスタジオ↓。評価は……。




パーフェクト賞には1つ足りなかった(パッション)。
最終的な結果は【銅】賞。しかしキャプテン・ジョージから【特別奨励賞】のミニトロフィーをいただいた。


ちなみに、第6回の放送内容は↓。


Wikipedia情報では第6回の「審査員」にブルース・オズボーンの名があるが、この回の「えび天選考委員(えび選)」は大林宣彦/武藤起一/キャプテン・ジョージ/椎名桂子/高城剛/松永麗子の6名だった。また、この回には『川口浩の火星探検』で安原伸監督が初登場しているが、Wikipedia情報では、安原伸氏について第14回に放送された《「国防挺身隊 第1話 挺身隊出撃」で初登場》と記されている。

えび天出演の経緯

『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』の第1回放送があったのは1991年1月12日の深夜(1月13日未明)。この時、僕は何をしていたかというと、イタズラ感覚で試作中の実写版『ミラクル☆スター』の編集をしていた。『ミラクル☆スター』は個人誌で誕生した(僕が創作した)変身ヒーローで、実在の友人たちが登場する内輪ウケ狙いの小説シリーズ。当時、僕を含め3人が、自分をヒーローにした内輪ウケヒーロー小説を書いて競い合っていたのだが、このレースを一気に制すべく『ミラクル☆スター』の実写映像版が作れないかと画策していた。当時、里山の小動物などを撮るのに使っていたビデオカメラで、ミラクル☆スター試作カットを撮影。うまくつなぎ合わすことができるか編集を試していた。当時はダビング編集──2台のビデオデッキをつなぎ、片側で再生した映像を、もう一方で録画(必要なシーンだけをコピー)するのだが、ビデオデッキは録画開始や一時停止・解除の操作をしてから作動するまでタイムラグがあり、目まぐるしいアクションのカットイン・カットアウトのタイミングを合わせてダビングするのが厄介だった。うまくいけば数人に見せるつもりで試作を開始したのだが、ダメなようならボツという可能性もあったため、撮影は1人で行っていた(ビデオカメラを三脚に固定して、ヒーローと怪人の二役を演技──それを編集で闘っているように見せようと考えた)。そのテストカットのテスト編集をしているときに、偶然目にしたのが『えび天』第1回の放送だった。番組で映像作品を募集していると知り、編集中の『ミラクル☆スター』を応募してみようと思い立つ。さっそく応募規定(3分以内)に合わせたえび天バージョンを編集。1月14日にできあがったビデオを投函したところ、1月16日の夜(PM8:30)に採用を知らせる電話があって、あっけなくテレビ出演が決定。1月23日に説明会が開かれ、第5回と第6回の出演メンバーが集められた。僕が出演する第6回の番組収録は2月9日、放送日時は2月16日24:40~27:00(2月17日0:40~3:00)と、トントン拍子でことが進み、我ながら急展開に驚いていた。番組内では生放送ということになっていたが、実はノンストップで(CM時間も含めて2時間20分編集無しで)収録する生収録。放送時間は深夜だったが、実際の収録は19:40~22:00だったので、(終電前に)電車で帰宅することができた。
当初は数人の仲間に見せるつもりで気まぐれに試作した実写版『ミラクル☆スター』だったが、こうして思いがけず多くの人に見ていただく機会を得たのだった。

ミラクル☆スター~実写版~※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
ミラクル☆キッド~実写版~※小学2年のスーパーヒーロー誕生
ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯

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うつろう記憶媒体~失われし記憶ハ痛イ~

ビデオテープの時代





僕が初めて購入したビデオデッキ(ビデオテープレコーダー)はβ方式だった。これ↑は当時ビデオテープに録画したテレビ番組の内容を記したノート。後で確認したいシーンを探し出しやすいように、登場する動物種を順番に書き出していた。
家庭用ビデオデッキが登場する以前は、せめて音声だけでもとテープレコーダーで気に入ったテレビ番組を録音していたなんてこともあった。昔はテレビ番組は見逃してしまうとそれっきり。だから見たい番組はキアイを入れて視聴していた。
それが「録画」できて、好きな時に何度でもくり返し見られるというのだからスゴイ!──ビデオデッキは夢のような機械だった。ターゲットの番組があると、撮り逃すことが無いように放送時間の前からテレビの前に待機。カウントダウンするような気持ちで放送が始まるのを待ち受けていたものだ。当時はまだビデオデッキのリモコンもワイヤレスではなかった(ケーブル・コードで本体とつながっていた)。ビデオテープも高価だったため、録画時間を節約しようと(&再生時の利便性も兼ねて)、手動でCMカット(一時停止/解除)しながら録画していた。今から考えれば煩わしいが、当時は「テレビ番組を録画保存できるとは、なんと便利な機械だろう」とその機能にすっかり満足していた。

高価なビデオテープを準備したり、録画内容を書き出して整理したり……当時はそれだけキアイを入れてテレビ番組を視聴していたわけだ。人によって愛好番組は様々だろうが、そうした「放送を心待ちにしている人たち」が「質の良い視聴者」なのではないだろうか。テレビ局はこうした人たち(質の良い視聴者)に愛される番組作りを目指すというのが本来あるべき制作姿勢ではないかと思うのだが……実際は目先の視聴率競争にやっきになり、てっとり早く視聴率を稼ぐために、本来大事にすべきファン──《放送を心待ちにしている「質の良い視聴者」》をないがしろにし、《家事をしながら、あるいは惰性でテレビをつけている、いわば「質の悪い視聴者」》の関心を引くことばかりに熱心だった印象が強い。そのジャンルにふさわしいとは思えない人気タレントを起用したり(番組の内容よりもタレントの人気で視聴率を稼ごうという安直さ)や、過剰な演出や思わせぶりな演出、肝心なシーンを先延ばしにしてひっぱり続け、「おいしいシーンはCMの後いよいよ」的な展開で視聴者に散々気を持たせ、実際はしょぼい内容で番組を終えるという詐欺のような手法が増え、テレビファンを失望させていった気がしてならない。こうしたあざとい演出で目先の視聴率を稼ごうとする制作姿勢が、本当に放送を心待ちにし、キアイを入れてテレビに見入っていた「質の良い視聴者」を失望させ、テレビ離れに拍車をかけたのは確かだろう。僕も地デジ化を機にテレビから離脱している(*)。

ビデオの話から脱線してしまったが……話を戻して──、
録画内容の整理ノートからも判るようにテレビ番組を録画したビデオテープはたまっていった。録画機も、β方式→VHS→S-VHS→8mmビデオ→VideoHi8へと変遷していったわけだが……その過程の中で、番組録画のみならず、自分で撮影できる家庭用ビデオカメラが登場する。

映像を記録するカメラとしてはビデオ以前にも8mmフィルムを使ったものがあるにはあった。友人にこの8mm(ビデオではなくフィルム)カメラを持っている者がいて、高校時代にはアクション映画を撮って文化祭で上映したこともある。ただ、8mmフィルムは1本で3分あまりしか撮れず、ビデオのように撮り直しがきかない。撮影した映像を確かめるためには現像に出して何日か待たなければならなかった。また、フィルム代のほかに現像代もかかるし、音声の記録はオプション扱い──ビデオテープよりはるかに高価で不便なメディアだった。
そんな8mmフィルム時代を経験してきているから、1本のテープで(標準モードで)2時間も撮影ができ、撮影した映像をその場で確認することができ、そのうえ撮り直しもできる、しかも現像代もかからないビデオカメラは、これまたスゴイ製品だった。

ということで、僕もビデオカメラを購入し、最初は里山のヘビやカメなどの小動物や昆虫等を撮ったりしていた。そのうちビデオカメラを使って何か面白いことができないかと考え、インディーズ・スーパーヒーローミラクル☆スターを試作。8mmフィルムよりも不便だと感じたのは……8mmフィルムではカットイン・カットアウトの位置をコマ単位で決められるのに対し、ダビング編集の8mmビデオでは(当時の家庭用編集機器では)コマ単位での指定できなかったこと。カットのタイミングを合わせるのに苦労した思い出がある。そうして仕上げたミラクル☆スターは、なんとテレビ番組(「三宅裕司のえびぞり巨匠天国」通称「えび天」)の中で上映され、その放送をビデオデッキで録画する──ということもあった。





こうしてビデオテープはテレビ番組を録画したものだけでなく、ビデオカメラで撮影したもの、編集したものを含め、どんどん増えていった。
ビデオテープの形式がβ→VHS→S-VHS→8mmビデオ→VideoHi8へと推移したことは前記の通りだが、さらにDVDやBD、HDDへと記憶媒体も変化していった。

カセットテープの時代

話は前後するが、「映像」を記録する装置の前に「音声」を記録する装置──テープレコーダーがあった。僕が子どもの頃に初めて我が家にやって来たのはオープンリールのテープレコーダーだった。装置自体もかさばるし、録音・再生する時のテープのセッティングが煩わしい。その後登場したコンパクトなカセットテープを使うラジカセはラジオ放送を録音できたりレコードプレーヤーと直結できて画期的だった。
音声の再生専用装置としてはそれ以前からレコードプレーヤーがあったわけだが、好きな曲だけをまとめて聞くにはカセットテープにまとめる必要があった。またレコードは傷つきやすく取り扱いに神経を使う。友人の中には同じレコードを2枚ずつ買っていた者もいたくらいで、なるべくラジカセで録音したテープを聴くようにしていた。

ラジカセといえば──東海ラジオの深夜放送をラジカセで録音していた時期がある。東海ラジオ放送は名古屋の放送局だったが東京でも深夜にはなんとか電波が受信できた。兵藤ゆき氏がDJをつとめる「ミッドナイト東海」という番組に童話コーナーというのがあって、そこに投稿して採用された掌編童話がラジオドラマ仕立てで放送になったなんてこともあった。その音声作品はラジカセでカセットテープに録音してある。
掌編童話『雨の日の通信』のイメージ画(後に僕が描いたもの)と、「ミッドナイト東海」で放送されたラジオドラマを録音したカセットテープ&ケース↓。




当時主流であったカセットテープも、使い続けていると時々巻き込みトラブルがあってダメになることがあった。録音できる容量(時間)も今の記憶媒体に比べればずいぶん少なく、安泰の記憶媒体ではなかった。
再生専用メディア(記憶媒体)であったレコードはその後登場したCDにとって変わられることになるが、そのCDも、今では(楽曲もインターネットでダウンロードできるようになったため?)需要が減っているらしい。何年か前にCD店がずいぶん少なくなっていることに気がついて驚いた。かつては町のあちこちにレコード店はあったものだが……時代の流れを実感する。音声の記憶媒体も移り変わっていった。

ワープロの時代

ところで、冒頭のビデオノートの記述もカセットテープの内容の記載も僕の肉筆。当時はまだ日本語ワードプロセッサもなかった時代。今でこそ文書の作成はパソコンやスマホ等でのタイプが当たり前だが、当時は肉筆で一字一字記すしかなかった。
僕には同人誌活動をしていた時期があるが、自分が書いた作品を活字化することにはあこがれがあった。しかし実際に同人誌を作るとなると、活字を組むにはお金がかかる。そのため、オール手書きで同人誌を発行していたこともある。
《窓》は僕が主宰した同人誌で本文は墨一色、手書きの文字とイラストだった。その《窓》第2号と、読者からの便り&返事を紹介したページ↓。




このページ↑をは全て僕が描いた。字は書体を変えて記している(返事の内容は同人メンバーS氏の文章だが、文字は僕が記したもの)。
僕は元々字は汚かったのだが……同人誌を手書き文字で作る必要から、よそ行きの清書は「字を書く」のではなく「記号を描く」つもりで一時一時丁寧に記すようにしていた。しかしこれは時間&労力を要すものだった。
なので、日本語ワードプロセッサなるものの存在知ったときには激しく羨望した。その頃は1台数百万円もする高嶺の花だったのだが……わずか数年のうちに低価格化と普及が進み、僕もついに憧れのワープロを手にする日が実現する。手軽に文章を作成したり編集でき、しかも活字でプリントできるのが嬉しくて、個人紙・個人誌を作ったりした。そこでイタズラ書きから誕生したのが小説版ミラクル☆スターで、その後ビデオでの映像化へとつながったわけである。




ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯より

ワープロの導入により、書いたり直したりする作業はずいぶんと楽になった。そして原稿の記憶媒体は原稿用紙からフロッピーディスクへと移行していく。
ところが……羨望の最新機器であったワープロ専用機自体も、廃れるのは早かった。パソコンの普及によって既に絶滅……ワープロ時代に使っていたフロッピーディスクも化石化してしまった……。

「より便利なもの」より「長く使えるもの」を

ビデオテープやカセットテープ、フロッピーディスク等に記録したものは多い。冒頭のノートを見ると、収集や整理に時間やお金(記憶媒体代)・労力をつぎ込んでいたのがわかる。しかしそうしてコツコツ蓄積してきたデータが、記憶媒体の変化によって(現役の再生機が残っていないため)利用できない状態にある。

ビデオテープ時代に撮影・編集したミラクル☆シリーズはかろうじてDVDにダビングしてあって今でも観ることができるが、カセットテープに録音した掌編童話の方は再生できない。ただ、こちらの作品は原稿用紙に肉筆で書いていた時代のものなのでオリジナル原稿は残っている。

テクノロジーの進歩は目覚ましく、次から次へと「より便利なもの」が登場してくるが、新たなものが出てくれば、それまでのものは古くなり廃れていく……。記憶媒体の変化で取り残され、使えなくなってしまうデータも多い。これでは便利なのか不便なのかわからない。現在使っているDVDやCDだって、いつまで使えるのかと考えると不安になってくる。

小学生時代のガリ版(謄写版)刷りの文集は今でも読めるが、その後登場した最新機器で記録した記憶媒体の多くが今では再生できない……。
けっきょく一番長く安定して利用できているのは最古参の紙媒体だ。便利なはずの最新記憶媒体がどんどん衰退・絶滅して行くのをみてくると、再生装置が無くても(ヒトが標準装備した器官のみで)再生(見たり読んだり)できる紙媒体の優位性が改めて実感される。
これからも便利な道具はたくさんでてくるだろうが、僕が切望するのは「より便利なもの」よりも「長く使えるもの」だ。記憶媒体は長く保存&再生(利用)できることが、何よりも大切なはずだ──僕はそう考えているのだが、最古参の紙媒体に勝るメディア(記憶媒体)はでてくるのだろうか。



テレビが終わる日


アナログ放送が終了する7月24日は【テレビが終わる日】──僕はそう思ってきた。
僕はテレビで育った世代である。ずいぶん長い間テレビを見てきた。おもしろい番組もたくさんあったし、ためになったり感動した番組もある。投稿ビデオ番組で飼っていたカメレオンの映像が紹介されたこともあったし、僕自身が自作ヒーロービデオ(※1)でテレビ番組に出演したこともあった。思い出深いテレビ番組も決して少なくはないのだが、今のテレビとの決別に特に感慨のようなものはない。

というのも昨今のテレビ番組の制作姿勢には失望や憤りを感じることが多く、テレビ番組を見る事自体にフラストレーションを感じるようになっていたからだ。
そして実際に最近ではテレビを見る機会はめっきり減って、テレビに対する気持ちは冷めきっていたといってよい。
これは決して僕だけが感じてきたことでは無いだろう。僕の周囲にもテレビを見ない人、テレビ自体を持たない人がいる。


●テレビは愛好的支持層を裏切り続けてきた
昨今のTV番組制作の姿勢には疑問を感じる。目先の視聴率を稼ごうとしてのことだろう──本来のファン層の期待に応える質の高い番組作りをしようという意気込みは感じられず、家事等しながら(?)無目的・惰性的にテレビをつけてチラ見いる人達の気を引くような画面作りに走っているような印象が強い。そのジャンルにふさわしいとは思えない人気タレントの起用、バラエティ化、本筋と離れた部分での過剰な演出──それらは、本当にそのジャンルが好きで一生懸命観ていた人達を大いに失望させてきた(※2)。
短期的にはそれで「本来のファン層以外の人達」の視聴率を取り込んだ分、数字は高めることができるかもしれないが、長期的には「本来のファン層」から見限られ、テレビ離れに拍車をかける事にしかならないだろう。それはおそらく制作側にもわかっているハズだが、各局がこうした短期的な視聴率競争から離脱できずに悪循環を続けてきた感じが否めない。

テレビ番組制作側は、本来一番大事にすべき愛好的支持層に背を向け、目先の視聴率稼ぎに躍起になって「粗悪な番組」を作り放送し続けてきた──少なくとも僕にはそう映る。
僕も以前は好きなジャンル・テーマを扱った番組は見ながら録画していたが、昨今は「好きなジャンルの番組をフラストレーションを感じながら見る」ことが、さすが辛くなってきた。そして最近では録画はおろか見る事もしなくなってきていた。

そこへきて、地デジ化への乗り換えが迫られる事態となったわけである。
すんなりと移行する気には、とてもなれない。


●アナログ放送終了後、地デジ放送を受け入れるかどうかは各々の自由意志
「地デジ化」については電波域の整理のため、必要なのかもしれない──それはわからないではない。しかし、これは視聴者の都合ではなく、国や放送局側の一方的な決定である。これによって視聴者は、それまで使っていたテレビや録画機が利用し続けられなくなってしまった。

アナログ放送終了後もテレビを見続けようとすれば、地デジ対応の機器を新たに購入しなくてはならない。
果たして新たな投資をしてまでテレビ番組を見続ける価値はあるのだろうか?──立ち止まってそう考えるのは当然の事である。むしろそう考える方が健全だろう。
アナログ放送視聴層が全てそのまま地デジ視聴層に移行するかのような幻想の上に立った地デジ化計画は傲慢で身勝手と言わざるを得ない。

テレビを視聴し続けるかどうか、地デジに完全移行するまでようすをみながら判断しようと考えた人もいただろうし、アナログ放送終了の後に地デジ導入の採否を決めようと思っていた人もいただろう。
地デジ化が国や放送局にとって必要な措置であったとしても、新方式のテレビ等を購入してまで見続けるかどうかは各々の判断である。

アナログ放送終了を機にテレビとの決別を決断する人だって当然いていいわけだし、こうした人達の意志も尊重されるべきである。
放送局側は、こうしたアナログ放送限定でテレビを視聴している人達に対しても誠意をもって最後の1秒まで、これまで通りベストの放送を心がける──それが最低の責務というものだろう。アナログ放送終了は視聴者の都合を無視して国や放送側の一方的な決定で行われるのだから。

ところが実際はというと……アナログ放送視聴層に対するテレビ局の対応はひどいものだった。地デジ化をうながすスーパーを常時表示させ、画面を見づらくする事で地デジ化へ追い立てよういう露骨な嫌がらせを展開してきた(※3)。まるで立ち退きを迫る地上げ屋のようだ。

地デジ化にする気がない視聴者にとってこの嫌がらせ表示はうっとうしいことこの上ない。
アナログ放送視聴層は受信料を払っていても、テレビ業界にとってもはや「客」ではないということなのか。
こんな扱いを受けて、テレビが好きでいられるだろうか?

地デジ化を迫る、不当で高圧的・傲慢な手法はテレビに対する嫌悪をさらに強め、決定的にした。
僕の環境ではテレビの画質が落ち、7月に入ってからはそれまで使っていたDVDレコーダーでの番組録画ができなくなっている。
実質的にはアナログ放送の終了を待たずに「テレビ」は終わっていた。
こんなテレビを、もう見たいとは思わない。


●アナログ放送終了でNHKの受信契約は一度クリア(解約)されるのが筋
視聴率稼ぎの演出が見苦しい民放に対し、NHKはドキュメンタリー番組などに良い作品があったように思う。しかし番組内容の善し悪しとは別に、理不尽な受信契約を根拠に、高圧的・暴力的な受信料の取り立てをしていることに問題を感じるようになった。こうした組織が許されてよいのだろうかという疑問である。
受信料を払わない個人に対し財産を差し押さえる強制執行に及んで「はぎ取って」いった例もある(強制執行の法的根拠となる放送法自体に問題がある)。
NHKは「やむを得ないと判断した場合は、支払督促制度と強制執行手続きを活用し、受信料の公平負担の徹底を図る」としているが、これは実質的な「脅し」だろう。

本来ならば、受信料を払わない人は閉め出し、「見られないようにする」というのが筋である。一方的に電波を送りつけ、受信できる環境にあったのだから(見る見ないにかかわらず)支払えと強要するのは悪質な「押し売り」と変わりない。財産差し押さえという暴力的な手法で回収しようというのは、まるで暴力団ではないか。

テレビ放送が始まった当初はスクランブル放送等の技術が無かったのかもしれないが、現在はその技術がある。実際にWOWOWなどではすでに使われている。地デジ化へ移行する際にはNHKもスクランブル放送を導入し「受信料を払わない人には見せない」ようにできたはずだ。「受信料」を徴収するのであれば、そうすべきだったろうと思う。
にもかかわらず、NHKはこれまでどおり「電波の押し売り」を続けるつもりなのだろうか?

しかしNHKの番組も、アナログ放送終了によって、地デジ未対応の旧受像機では視聴できなくなる。受信契約の根拠自体が失われることになるわけだから、旧(アナログ放送)受信契約は一度すべてクリア(解約)されるべきだろう(視聴者側からの解約申請ではなくアナログ放送終了を受けての自動的な契約解除)。そうでなければおかしい。
その上で、地デジ化対応機器を導入した利用者とあらたに受信契約を結ぶというのが筋である。

アナログ放送のみを受信していた(地デジ放送は受信できない)旧契約者から、地デジ化完全移行後も受信料を引き落とし続けるなどといった不正受給まがいの詐欺があっては断じてならない。
そして、旧契約者が地デジ化移行後も受信契約を更新するか否かについての確認責任は、被害を受ける視聴者側ではなく、あくまでも一方的にアナログ放送終了を決めた国やNHK側にある──というのが論理的には「正しい」あり方であろう。


※1●ミラクル☆スター~実写版~
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-35.html

※2●最近のテレビ番組に思うこと
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-113.html

※3●アナログ放送の空耳?字幕
https://hoshtani.blog.fc2.com/blog-entry-132.html

幻のインディーズヒーロー・アクション

インディーズ(自主制作)変身ヒーロー・アクション【ミラクル☆スター】と【ミラクル☆キッド】の間には撮影を開始したものの頓挫した幻の作品がある。
【ミラクル☆スター】に続いて【三宅裕司のえびぞり巨匠天国】(TBSテレビの映像作家発掘番組)への再登場をもくろみ、番組スポンサー商品・ポカリスエットをネタに考えた【ミラクル☆スター2(仮題)】である。


【ミラクル☆スター2】の全貌

当時(1991年)の絵コンテで【ミラクル☆スター2(仮題)】の全カットを紹介。
(※オリジナル絵コンテは鉛筆描きだったが、それだと縮小すると見づらくなるのでパソコンに取り込んで加工)
ファーストカットは設定では地震研究所なのだが、コネも金もないのでそれらしく見せるのは諦め、知人のオフィスをそのまま使わせてもらい、字幕やナレーションで設定を説明するつもりだった。































ミラクル☆スター~実写版~※ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
ミラクル☆キッド~実写版~※小学2年のスーパーヒーロー誕生
ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯
自作ヒーロー:型紙マスクの作り方

ミラクル☆スター~実写版~

一人でも変身ヒーローものは撮れる!?

闘う変身ヒーローと怪人、カメラをひとりで兼ねて撮った8mmビデオ作品(2分05秒)。


監督・出演・撮影・編集:星谷 仁/チャンネルF 1991年制作
『ミラクル☆スター』は元々、内輪ウケを狙ったラクガキ的小説で、実写版映像はその延長で試作されたもの。8mmビデオカメラを三脚に固定し、録画状態にしてその前で怪人・ヒーローの二役を演じ、編集で闘っているように見せた、究極の小規模インディーズヒーロー(自主制作ヒーロー)ムービー。
一人でロケを敢行したので、フレーミングなどで苦労した(撮る時は誰もいない空間にカメラを向け、演技する時にはモニターできないので、どの位置でどのくらいのサイズに映るかは、撮影後再生してみないと確認できなかった)。また、当時はビデオテープによるアナログなダビング編集だったため、カットの位置を正確に合わせるのが大変だった。
 

 
『ミラクル☆スター』はTBSテレビの映像作家発掘番組【三宅裕司のえびぞり巨匠天国】第6回(1991年2月16日 24:40~27:00)で放送された。結果は銅賞&特別奨励賞(※動画はその再編集版)。


【えび天】出演時のコピー
キャッチコピー:ひとりで撮ったスーパーヒーロー・アクション
見どころ:画面には一人しか映らないにもかかわらずアクション物に挑んだムボウさ
『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』と出演覚書
 
スタッフがいないので一人で撮影しているようす↓(1分17秒)。

 
この試作作品のあと、本格的に(?)ミラクル☆スターを撮り始めるが撮影中のケガで中断。急きょ企画変更して作られた姉妹作が『ミラクル☆キッド』である。
 
ミラクル☆キッド~実写版~
ミラクル☆シリーズさくっと制作経緯